来年度6年担任で歴史を教える先生に朗報です!

『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』
第2刷を刊行中です!

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◆6年生担任、中学校社会科歴史担当の先生方にに朗報です!
1年間の歴史全授業がこれ一冊でできます。
*画像資料、文書資料、全発問、学習者の反応など、すべて載っています。
*児童生徒が身を乗り出す楽しい授業で、思考力・表現力を育てましょう。
*日本が好きになる、歴史が好きになる授業で、自己肯定感を育てましょう。


◆本書は、歴史教育を担当していない先生方にも好評です。
「義務教育の教員としてのバックボーンができた」
「日本人を育てる教師として、ぶれない軸ができた」
「ふだんの教育活動の中で児童生徒の日本への帰属感を育てていくことが、
健全な自尊感情の育成につながり、学級経営が好転した」

「学級経営であれこれの技を駆使するよりも、教師が日本人としての自覚をもつことだ」
「学級経営や生徒指導の基本的な構えがでいて、あんまりゆらがないようになった」
などのご感想が寄せられています。

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◆本書には、授業づくりJAPANが研究実践してきた歴史授業が、どなたにでも追試できるように書かれています。
◆本書の授業を追試すれば、どなたでも、楽しく・心にしみる・感動のある歴史授業ができます。
◆本書の授業を追試すれば、子供たちがよく考え、活発に話し合う授業(今流行のアクション・ラーニング)ができます。
◆クラスのほとんどが歴史好きになり、最後は日本が大好きになります。
◆これまでまったく無視されてきた学習指導要領の教科目標が必ず達成できます。
 用語の暗記や講義一辺倒の授業と決別し、歴史教育の王道に帰れます。
(小学校)「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」
(中学校)「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」

◆また、子供たちが日本人としての健康な自尊感を持つという教科を超えたすばらしい効果があります。
 自尊感のある子供の心は安定しています。優しさや公共心が自然と生まれ、学習意欲と向上心のスイッチが入ります。
 本書は学級経営全般に大きな効果がある実践です。
 
◆本書を読むと、6年生を担任すると否とに関わらず、長い間日本の教育が忘れていた大切なことに気づかされます。
 ですから、本書は日本の義務教育の教師にとって福音となる教養の書でもあるといえるでしょう。

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◆本屋さんでは売っていません。
 お求めいただける方は、斎藤武夫(授業づくりJAPANさいたま代表)までご連絡ください。
 郵送しますので、2000円+送料は後払い(郵便振替)でお願いします。

《連絡方法》 ・Facebookでメッセージをください。

       ・または、メールをください。saitotakeo@jcom.home.ne.jp

       ・または、お手紙をください。
        〒337-0041 さいたま市見沼区南中丸230-3  
                          斎藤武夫


《連絡内容》 (1)お名前 (2)ご住所 (3)電話番号  (4)冊数  

       (5)メールアドレス (6)教員種別または一般の別     
   

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★授業を追試してくださった先生方の声★
・平成26年から、千葉県の船橋で「教師のための:斎藤武夫先生の歴史授業講座」を開催しています。今年は3年目で、歴史全授業を解説するというものすごい企画に毎月取り組んできました。4月~11月まで7回。今回ご紹介した本は、はじめはこの講座のためのテキストとしてつくられました。

●K・I先生(千葉県小学校)20代・女性
(第1回平成27年4月)
 今年初めて6年生を担任しております。そこで一番不安な教科が社会でした。
 昨年も一度お話を聞かせていただいたのですが、知らなかったことだらけで
驚きました。今年は歴史を教えなくてはいけなくなり、本当に不安でしたが、
今日の模擬授業を交えた講座で、具体的に授業をしている姿を思い描きながら
聞くことができました。次回もよろしくお願いします。

(第2回平成26年5月)
 運動会練習の関係で思うように授業が進んでいないのですが、追試をさせて
いただいて明らかに子供たちの反応が違います。
 授業中は前のめりの姿勢で、話し合いは活発に自分の意見をぶつけ合う。授
業後は授業内容について子供たち同士で話し合う(休み時間中)という感じで
す。 本当に齋藤先生の授業には力があるのだと実感しています。
 次回も楽しみです。ありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 本日もありがとうございました。前回の懇親会でもお話しさせていただきま
したが、社会の授業後は子供たちが集まって話をしています。
「おれはAだったけどさー・・・」
「今日のクイズ全問正解したー!!」
「社会得意になったかも・・・」などです。
 授業中の子供の顔つきも違います。
 私は歴史が大嫌いでした。なんで過去のことを学ばなきゃいけないの?と
いう気持ちからです。でもそれは我が事として歴史を捉えていなかったから
なのだと、齋藤先生のお話から気づきました。この人、すごいなー。日本人
ってすごいなー。と子供たちももらしています。
 これからも追試させていただきたいです。よろしくお願いします。


●I・Y先生(千葉県小学校)20代・男性
(平成26年5月第1回)
 とても感動しました。私は今年初めて6年生の担任となって歴史を教える
ことになりましたが、今日ほど歴史を教えることに前向きになったことはあ
りません。本当にありがとうございました。

(平成26年8月第2回)
 今回も大変勉強になりました。自由民権運動と大日本帝国憲法は、私が
子供ながらに社会科が嫌いになった所でした。
「政府は民衆を押さえつけ、日本は軍事国家に歩みを進めていく」という
印象を植え付けられました。
 今日のお話をうかがい、子供たちには引き続き変わらぬ、日本人の勤勉
さ、和を大切にする力を授業を通して伝えたいと思いました。


●O・M先生(千葉県小学校)中堅・女性
(平成27年6月第3回)
 前回も参加させていただきましたが、とてもクラスの反応が変わりました。
 私自身も楽しく授業ができたので今回も参加させていただきました。
 大化の改新前の
「あなたがリーダーだったら、A蘇我氏を支持するか、天皇の血筋を守るか?」
のところの授業は特に大盛り上がりでした。
 A,Bを選んだ子それぞれが、これまでの授業や聖徳太子の政策をもとに理由
を書いており、私自身が「お~!」と言ってしまうほどでした。


●K・M先生(千葉県)中堅教員・男性
(第2回平成26年5月)
 今年度は6年を担任しています。歴史を教えるのが楽しくてしょうがありま
せん。それは齋藤先生の追試をすることで、子供が楽しく授業に参加し、学
級の子供の多くが授業を楽しみにしてくれるからです。
 今回の講座を受けて、改めて国史を教えることで国家観を教える。この大
切さを学びました。天皇について、日本の歴史が作った現在に残る大切な存
在としてきちんと教えることです。摂関政治・幕府政治の図がとてもわかり
やすかったです。権力者に支配される国のかたちを教える教育から脱却した
いと思います。世界一の国日本をたくさん教えたいと思います。

(平成27年6月第3回)
 毎時間追試しています。
 子供の反応が良く、歴史の受業を楽しみにしている児童が多いです。
 特に発達障害と言われている児童は社会を楽しみにしています。その時代
のリーダーになりきっていろいろと発言します。 今日学んだ南北朝時代は、建武の新政(天皇の権力)は3年しかもたず、
2人の天皇が誕生するなど、天皇について考える大事な時代だと思いました。
授業をするのが楽しみです。
 天皇-政府(摂関・将軍)-大御宝(国民)という先生の図で時代を追い
かけているので、子供もよくわかってきました。


●U・M先生(東京都小学校)20代・女性
(平成27年6月第3回)
 齋藤先生の授業を山﨑先生から教えていただき、追試してきました。
 子供たちと一緒に考えながら、歴史を楽しく学んでいます。
 毎回思うのですが、齋藤先生のもとで学ぶたびに、日本がさらに好きにな
り、歴史が苦手で授業をすることがおっくうだった気持ちが、今では日本の
素敵なところを子供たちに伝えていきたいという楽しさに変わりました。
 これからも勉強していきたいと思っています。


●H・M先生(東京都小学校)20代・女性
(第2回平成26年5月)
 齋藤先生の授業を受けて、歴史の中に自分が入り込んだような感じがしま
した。そしてリーダーになったような気分でした。自分だったらどうする考
えて、理由も話すところがとても楽しかったです。また、正解・不正解では
なく、これを選んでいいたら日本の運命が変わっていたかもと考えるとワク
ワクしました。「あってるとか、あってないとかじゃないんだよ」という先
生の言葉が印象的でした。
 私が小学校~高校で学んだ歴史は、人物と年号、出来事の名称を覚え、教
科書に出てくる順番に暗記すればテストで100点取れてしまうようものでし
た。今日の齋藤先生の授業を受けて、歴史の授業はこうすれば楽しくできる
んだ!と思いました。また日本が好きになりました。ありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 鎖国や踏絵など「どうしてこんなことするんだろうな~?日本が海外から
遅れるだけなのに・・・」と思っていましたが、今日勉強し直して、こんな
背景(目的)があったのか!と気づかされました。日本に宣教師が来て、日
本も植民地にされていたかも知れませんが、秀吉のルールのおかげで日本が
守られたとは驚きでした。
 鎖国は(1)国の安全を守り西洋とつながる、(2)国内の秩序を守り平和
を維持するものであり、鎖国のおかげで今の日本があるんだなあと思いまし
た。日本のためによく考えていたことがわかりました。
 また日本が好きになりました。ありがとうございました。


●O・K先生(東京都小学校)20代・女性
(平成27年5月第2回)
 私は今まで歴史と言えば暗記というイメージしかなく、”歴史が楽しい”
と感じたことはありませんでした。しかし、齋藤先生の講座を受けさせてい
ただいて”歴史を学びたい”という気持ちが生まれました。
 初めに自分の先祖について考える活動をしたため、今までの歴史は自分と
無関係ではないのだということに気づきました。

(平成27年6月第3回)
 前回に引き続き「自分がリーダーだったらどうするか?」と考える授業
展開がすごくおもしろかったです。違う方の選択肢を選んだとしても、
「もしこの時自分の選択をしていたら、いったい日本はどうなったのだろう」
と考えたりして、すごく歴史に引き込まれていく思いでした。
 先生が「子供の鉛筆の音が、頭がフル回転しているように聞こえる」と話
されていましたが、先生の授業を受けてそういう気持ちが実感できました。
 今日も「日本という素晴らしい国に生まれてよかったな」という気持ちを
味わえました。特に「頼朝が武力を持たない朝廷を倒そうとしなかった」と
いう事実を改めて考え、鳥肌が立ちました。
 早く自分で歴史の授業がしたいです。本当にありがとうございました。

●S・N先生(埼玉県小学校)20代・女性
(平成27年5月第2回)
 本日はありがとうございました。私はまだ6年生の担任をしたことがない
のですが、はいやく教えたい!ととても思いました。私自身は歴史の授業に
そこまで興味が持てない児童だったのですが、今日の授業はとてもおもしろ
くお話を聞くことができました。 歴史は表面的な流れを聞いて暗記するというイメージでしたが(自分の経
験上)、1人のリーダーの気持ちになって考えていくことで、興味を持て聞
くことができるのだとわかりました。
 それぞれのリーダーの思いを考えるという一貫性をもって、自分も教えら
れたらと思います。
 また、日本の歴史に対するイメージがそんなによくない部分もあったので
すが、そうではないということもわかってきました。国家が人民を支配する
のではなく共同体であるという所や、日本の良いところ(仮名の偉大さ!)
などを知れてとても良かったです。
 自分自身が日本を好きになって歴史の考えが少し変わった気がします。

●M・M先生(千葉県小学校)20代・男性
(平成26年8月第2回)
 情報の羅列の歴史ではなく、当時の人々の思い、葛藤に焦点を当て、他人
事ではない自分のこととしての歴史が、未来の日本を担う子供に必要なもの
だと感じました。先祖への感謝や敬意を前提とした歴史教育を、我々教師一
人ひとりが使命感を持って行っていかねばならないのだと思います。そのた
めには、どのような背景で、どのように考え、どのようなものを目指したの
か、一つ一つ理解していくことが必要で、知らなければならないことがたく
さんあることがわかりました。 いつ6年生を担任しても良いように、これからも参加していきます。

(平成27年5月第2回)
 先生の歴史の授業を受けると、今の平和ボケした日本人が失ったアンテナ
や嗅覚を取りもどすことができるような気がします。具体的には、外交・日
本を取り巻く国際情勢への感度であったり、国政への関心であったり、先人
への感謝であったり、伝統文化への完成であったり、日本という国家への興
味関心を失い、他人事のような無責任な態度、そのくせ自己権利ばかり追い
求める危機的状況を打破していくためには、このような教育から始めるほか
ないと思います。早く6年生を受け持ち歴史を教えたい気持ちが強のですが、
今はその素地を耕すことに専念し、自分にできることに専念していきます。
 次回もよろしくお願いします。


●H・K先生(埼玉県小学校)中堅・女性
(平成27年5月第2回)
 本日念願かなって先生のセミナーに参加することができました。
 約3時間半、あっという間でした。歴史の面白さは人物や事柄のつながりだ
と思うのですが、先生の授業には「あ!あのときの」とか「そうやって出会っ
たんだ」など身近に感じられ、楽しくわかるエピソードがたくさんありました。
 また、リーダーとしてどちらを選ぶかという質問は、政治や国の問題に関心
を持つ人間を育てることにもつながるのではないかと思いました。
 今歴史を教えてはいませんが、はやく歴史の授業をしたいと思いました。

(平成27年6月第3回)
 前回ですっかり先生のファンになりましたので、今日は仲間をつれて参加さ
せていただきました(4名)。
 本日印象に残ったのは、西洋とどうつきあうかというところです。
 時代背景を知って、日本のリーダーとして考えると、小学生でも答えが出せ
ることに驚きました。こうやって子供の時から国のことを考えた経験が必ず大
人になったときに生きてくると思いました。
 また、国のために命をかけて生きてこられた偉人の方々を知ることで、誇り
を持ち、もっと日本を好きになるなと感じました。私は個人的には、夢を持ち
続けてその時々でできる精一杯のことをした伊能忠敬が大好きです。
 私も子供に自尊感情を持たせられる教師になります!本当にありがとうござ
いました。

●M・M(千葉県小学校)中堅・女性
(平成27年4月・第1回)
 私は高校から世界史を選んでしまったので、日本史(国史!)は難しいイメ
ージを勝手に持っていましたが、齋藤先生のお話を聞いてすごく身近に感じて
面白かったです。きっと、導入の命のバトン・国づくりのバトンに惹きつけら
れたからだと思います。
 また「選択発問」の与え方や指導するときの声のかけ方、資料の読ませ方な
ども丁寧に教えていただいて、すぐ自分の学校の6年生の先生方に伝えようと
思いました。次回は同じ職場の先生たちを誘います。

(平成27年5月第2回、この日は6年生担任を3人連れて見えた。)
 前回に引き続き、歴史をもっと知りたくなる受業でした。1回目の時に見せて
いただいた金印に興味を持ち、GWに福岡市立博物館に実物を見に行ってきまし
た。そのときに、福岡が朝鮮半島にとても近いことや、今日教えていただいた
元寇のことなども知ることができて、とても面白かったです。
 いつも選択肢が用意されている参加型の授業に無理なく楽しく学ばせていた
だいております。今日もありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 いつも授業の前に話される講座の意図を聞くことができて幸せだなあと思い
ます。小学校で教えたいことに「自尊感を持つことが意欲や向上心につながる」
というお話がありましたが、クラスの子供たちを見ていて、本当にそうだなあ
と思いました。
 先生が用意してくださっている”生き方を問う設問”は、私たち大人にとっ
てもそうですが、子供たちにとってもおもしろい、歴史の授業をおもしろくす
る手立てだと思います。
 そして、発表者の発言への先生のコメントが、より一人ひとりの考えのよさ
を引き立たせ、思わず笑ってしまいます。鎖国が将軍の気まぐれではなく、国
を守るためだったと知って驚きました。
 一緒に参加した6年担任の友達(追試している)から、6年生の反応の良さを
聞いて、私も実践して自分のものにしていきたいです。

●O・M先生(千葉県小学校)20代・女性
(平成27年5月第2回)
 国の実権を握る者がほとんどの冨を持ち、優雅に暮らし、庶民はいつも虐げ
られているイメージを、私も持っていました。けれどもその恩恵を今になって
日本人が受けていること、国は一部の実権者だけでなく、役割分担をしてみん
なでつくっていくものだということを教えていかなければと思いました。
 よくわかっていないことだらけで、歴史っておもしろいなという気持ちを持
てずにいました。先生のお話を伺い、歴史の面白さに気づくことができました。
 ありがとうございました。

(平成27年6月第3回)
 日本のもとになる考えは、何度も繰り返しひっくり返されそうになり、それ
が何度も阻止されてきたことがわかりました。日本の歴史が自分のルーツにつ
ながっているということ、自己肯定感を高める歴史学習がだいじなのだと思い
ました。勉強になりました。


●H・M先生(千葉県小学校)ベテラン・女性
(平成27年5月第2回)
歴史を学ぶ意味は、先人の行ってきたことを生かして世の中を整えていくこ
とだと思います。今日教わったことの中に、日本人ってすごい、すばらしいと
思うことがたくさんありました。個よりも公を優先し、判断の基準は国のため
になるかどうかです。現在の日本も、このような考え方だ対処していくべきこ
とが多いと思います。ですが、その大切な部分をゆがめたり、かくしたりして
学んできた人が世の中を動かそうとするから日本はダメになるのでしょう。外
国の考えに流されず、Yes・Noを的確に判断して言える政治家に日本を動かし
てほしいと思いました。
 教育によって「公の心」を育てていくことが、私たち教師の仕事だと思いま
す。日本の先人が要所要所どういう道をどのように選んできたかということを
伝えていきたいと思いました。ゆがめられていること・かくされていることを
これからももっと勉強していかなければならないと思います。これからも、こ
のあたりを取り上げていただきたいと思います。よろしくお願いします。

(平成27年6月第3回)
 歴史について正しい認識を持っているつもりでしたが、まだまだ知らないこ
とがたくさんありました。50年も日本で生きているのに知らずにいたことが恥
ずかしいというか残念でした。
 東京裁判の授業を『学校でまなびたい歴史』で追試させていただいたことが
あります。裁判官を明かすと、子供たちがブーイングしていたのを覚えていま
す。この授業を全国の6年生にしてあげたいと思います。また同じ授業を連合
国諸国でもやって、日本の名誉を取りもどしたい。世界の人々に、連合国はす
べて正義で日本はすべて悪だとしたこの裁判がまちがっていたことを訴え続け
たいと思います。そのためにも、まずは日本の子供たちに正しい歴史認識を持
たせられるようにしたいと思います。 

●Y・T先生(東京都小学校)30代・男性
(平成27年4月第1回)
 歴史は「他人事」ではない!「自分事」なんだ!という気づきがあるから
こそ、子供たちが前のめりに歴史を学ぼうと思えるのだと思いました。だか
らこそ、命のバトン・国づくりのバトンの授業はとても大切だと思いました。
そして、歴史を通してご先祖様への感謝を学ぶのが歴史の授業の一つの目的
だということもわかりました。
 「ほめるための教材研究」という言葉にもしびれました。先生の授業づく
りへの思い、姿勢もまねさせていただきたいです。

(平成27年6月第3回)
(1)国のかたちをもとにして歴史をとらえることが大切だと気づきました。
 建武の新政と足利義満の中華冊封体制をそれぞれ別のものととらえていま
したが、日本の長い歴史の文脈で考えると「天皇→権力者→大御宝」という
基本のかたちからははずれたものとして見ることができるとわかりました。

(2)歴史学習のなかには、子供でも見極めることのできる本質が隠されて
いることがわかりました。例えば義満の時代の問題を現代の日本と中国の関
係に結びつけて考えると、本質では同じことが起こっているなどと捉えられ
ると思いました。「ただ昔のこと」ではなく、当時の歴史を学ぶことで現代
の問題を考える糸口にすることができます。

(3)鎖国のとらえ方がわかりました。「2000年の日本の歴史という文脈の
中で考えると、鎖国は賢明な判断だった」という先生の一言になるほどと思
いました。


●H・K先生(千葉県小学校)ベテラン・女性
(平成26年度第1回)
・先生の本は数年前に購入し追試もさせていただきましたが、ふり返ってみ
ると表面的な事柄を伝えただけだったなあと思いました。先生のお話はとて
も深く、日本は本当に良い国だと実感できました。

(平成26年度第2回)
・先生のお話はいつも物語を聞くようで、とても親しみやすく、わかりやす
いです。教科書を読むと、出来事の羅列になっており、そこには感動もない
し、何の感情もわいてきません。先生のお話をうかがっていると、当時の日
本人が何を考えていたのか、当時の日本人の気持ちになって考えることがで
きました。自分の知らないことばかりで、特に、大日本帝国憲法の印象が大
きく変わりました。

(平成26年度第3回)
・今日は参加できてほんとうに良かったです。これまで中学校・高校と自分
が教わってきたこと、いえ教えてもらえなかったことを講義していただき、
戦争に対する見方が変わりました。正しいことを伝え、子供たちが日本に生
まれて良かったと思えるような授業をしていきたいと思いました。

(平成27年4月・第1回)
・歴史は教わることも教えることも苦手で、学生時代はひたすら年号と出来
事の暗記でした。今日お話をお聞きして歴史はドラマなんだと思いました。
また古代から現代までの日本のたどってきた道をいくつかに分けて意味づけ
したことも、大変わかりやすかったです。

【日本民族文化の基礎が築かれた時代→古代日本の国づくりの時代→日本の
伝統文化を形成した時代→近代日本の国づくりの時代→白人中心の世界の中
で日本の生き方を探究した時代(現在)】

 実際の歴史を学ぶ前に、今自分がこうしているのはご先祖様のおかげであ
り、その時代、その時代に、ご先祖様が生きていて、指導者と共に日本を創
ってきたというイメージを持たせることが大事だというお話がとても印象的
でした。

(平成27年度第3回)
・先生のお話を聞いていると、自分が抱いていた歴史上の人物の印象がずい
ぶん変わります。細かいエピソードを知ることにより、ああこうするのも自
然なのだという気持ちが湧いてきます。
 また「神と仏」「家来の国と対等な国」「天皇中心の国」などキーワード
が布石になって、次の授業、次の時代の学習に生きてくるのだと思いました。
 同じ学校の6年を担任している先生方にもお伝えしていきたいです。
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『学校でまなびたい歴史』 1 まえがき

【まえがき】

 学校で歴史をまなんで、「日本人に生まれなければよかった」と書く子供がいる。日本の過去を反省するためなら、史実をまげてでも日本人が行ったとされる悪事を教えなければならないと考える教師がいる。
こんな歴史教育は間違っているのではないか。こんな歴史を子供たちは、まなびたいはずがない。子供たちにとって、本当に「学校でまなびたい歴史」とは、右の感想とは逆に、「日本人に生まれてよかった」、「日本人であることを誇らしく思えるようになった」と書きたくなるような歴史なのではないか。そう考えて、私は、この数年間、ひとりの小学校教師として、ささやかな模索を続けてきた。
 本書は、現段階で私がたどりついた、右の設問への答案である。私の授業を受けた六年生は、次のような感想を残して、学校を巣立っていった。

●今の私たちや今の日本は、昔、日本を立派な国にしようと一生けん命努力した人々のおかげであることがわかった。
●私は歴史の授業を通して日本のことをたくさん知ることができた。これでやっと本当に日本人になれた気がする。

 子供たちは、先人の努力を敬い、自国を愛する真心のあふれた文章を書いてくれた。子供たちは、自国の歴史を「わがこと」としてまなんでくれた。家族の一員として先祖から命のバトンを引き継ぎ、日本人の一人として先人から国づくりのバトンを受け継ぐ。そうした決意のようなものを、子供たちは言葉にして残してくれた。
本書は、小学校における歴史授業の実践報告である。同時に、私が担任し、私が心から誇りに思っている子供たちとの共同作業で生み出した、新たな歴史物語でもある。そうしたものとしてお読みいただければ幸いである。
 授業は、さいたま市立島小学校で私が担任した平成十二年度の六年二組と、平成十四年度の六年一組で行った。この二つの学級は、私の学級通信の名前を取ってそれぞれ「まほろば一代目」「まほろば二代目」とよばれている。一代目が三十六名、二代目が三十九名。この素敵な子供たちと、彼らを慈しみ育てた保護者と出会えたことは、私にとってこれ以上ないといえるほどの幸運だった。毎週三時間、全六十八時間の歴史授業を、子供たちは真剣にまなび、また、まなぶことを楽しんでくれた。
 その中から、八時間分の授業を選び、六章のお話にまとめた。
 私たち教師が授業研究の資料に使う記録は、そのままでは読みにくくて、一般読者に提供できるものにはならない。そこで、歴史読み物としても読めるわかりやすさ、読みやすさを追求して文体を私なりに工夫した。そのヒントになったのは、産経新聞の教育欄「解答乱麻」に書かせていただいた授業記録風の文章である。できれば、読者も一学習者になったつもりで、「同級生」の子供たちの意見に耳を傾けながら、祖国の歩みの大きな物語を楽しんでいただけるとうれしい。
次の文章は、まほろば一代目が、すべての歴史授業を終えて書いた「日本の歴史を学んで」という題の作文の一つである。それは、生まれて初めて歴史を学んだ少女が、一筆で描ききった「日本」でもある。少し長いが、全文を引用させていただきたい。

●私は、縄文時代の時から今まで、ずっと歴史はつながっていたんだと思った。そして、今も歴史は進み続けているんだと思った。
弥生時代に初めて卑弥呼というリーダーが現れてから、日本は天皇をリーダーにして発展していったのだと思った。日本が一つにまとまったころ、日本は他の国との交流が始まった気がする。
 そして、六世紀から七世紀ごろに、聖徳太子が活躍した。私は、聖徳太子が国のかたちをはっきりと決めたから、今まで日本が一度(アメリカ)しか支配されずに、ここまでやってこれたのだと思う。このころから日本は中国に追いつこうとしていたことにはおどろいた。それは、明治時代に日本が西洋の国に追いつこうとしていたことにつながっていたと思う。これもやっぱり歴史のつながりなんだと思った。
 そして、七世紀についに戦い(白村江の戦い)が起きた。これで初めて、日本として戦ったことがわかった。でも、戦うことばかりではなく、奈良の大仏ができたり、文化も発展していったからすごいと思った。そして、日本の文化も発展していって、かな文字ができて、短歌が発展し、日本の行事が生まれた。私は、かな文字ができたことが特にすごいと思った。そのかな文字がなければ、今日本人みんなが困っていたかもしれない。こんな前にできたかな文字が今でも使われているなんて、本当にすごいと思った。
 それから日本は戦国時代になった。私は、日本の中で戦いをしてはぜったいにいけないと思った。またいくつもの国に分かれてしまったら、日本がここまで発展してきた意味がないと思った。でも、そんな中、戦いをおさめられる人物も現れ、日本はまた一つにまとまれた。よかったと思った。
 一八五三年、ペリーがとつぜん日本に乗りこんできた。私は、このころから西洋の国々とかかわってきたことが太平洋戦争になった一つの原因だと思った。でも、江戸幕府が終わったことはよかったと思う。このまま幕府を続けていたら、日本はただ西洋の言いなりになっているだけだったかもしれないからだ。
 でも、明治時代になってから、日本は変わったと思う。人々は平等や自由をもとめるようになって、今の人々とすごく似ていると思った。しかし、新しい社会が始まったとたんに戦争が起こった。日露戦争には勝ったけど、その後の戦争は日本が負け続ける戦争になっていった。太平洋戦争だ。でも、日本は負けても戦い続けた。私は、ここまでして日本を守った人々はすごいと思う。きっと今の人にはできないと思う。「日本のためなら死んでもいい」そうみんなが思っていたんだと思った。でも、アメリカはそれ以上に強く、原子ばくだんを落としてきた。たくさんの人々が亡くなり、たくさん人が悲しんだ。
 私は戦争だけはしたくないと思っている。でも、この時代の人々がもう戦争はしないという気持ちを日本国民に伝えてくれたから、私も戦争をしないという気持ちを持てたのだと思う。
 歴史を勉強して、一番大切なことは自分の考えを持つことだと思った。それぞれの時代にすごく意味があって全て今の私たちにつながっている。それを忘れてはいけないと思った。歴史は今も進み続けている。このままずっと日本の歴史が進み続けてほしい。

子供たちは、このように、それぞれ個性的な「歴史」を書いてくれたが、授業としては、私の実践はまだまだ未完成である。本書をお読みいただいて、ご教示いただければ幸いである。

平成十五年六月                       著者



【本書の構成・表記について】
各章は①「授業づくりの話」、②「授業の実際」、③「子供たちが学んだこと」の三つの節に分かれている。
①「授業づくりの話」には、その授業がどうやってできたか、その授業までに至る経緯や付随するエピソードなどが書かれている。授業のねらいや意図を示して、本文の理解を助けるための節である。
②「授業の実際」が本文にあたる。
 文章中の『 』は授業の中で教師が子どもたちに話した言葉である。「 」は子供が話した言葉である。
 ただし、『 』に入れずに地の文に落とした教師の話もある。『 』の中があまり長くなるのがわずらわしく見え、勢いでそうなったのである。だから、地の文であっても、「・・・です」のように文末が敬体の部分は、教師が教室で話しているイメージで読んでほしい。しかし、地の文の中で「・・・だ」のように常体の文末になっている部分は、現在進行中の授業ではなく、その外に出た筆者の解説や注記である。
 子供の発言や、子どもが書いた文章は実際とほとんど変えていないが、地の分に落とした教師の説明や解説部分などは、単純な授業記録を大幅に加筆修正している。また、子どもたちの発言は、順序を入れ替えたりグルーピングして示したところもある。これらはみな、授業記録を読み物にするためにしたことである。
③「学習を終えて」には、それぞれの授業の後に子供たちが書いた感想文の一部を並べておいた。それを読めば、子供たちの中にどんな学習が成立したのかがわかるだけでなく、授業の意図や史実の持つ意味もまた立体的になるはずである。
この三つの節は、私たち教師がくり返し行っている授業研究(教師修行)の基本的なサイクルでもある。授業をつくり、実践し、結果を評価し、授業を修正する。そのようにして日々の授業を改善し、また新たにつくり直しながら、教師は前に進むのである。

ご無沙汰でした!再開します!!よろしくお願いします!!!

◆しばらく留守にしました。以下のことを優先してやっていました。
・教師のための日本が好きになる!歴史授業講座〈全授業IN千葉〉第7回11/3市川

・上と同様な内容の一回講座IN埼玉、IN名古屋、IN札幌
・「斎藤先生の日本が好きになる!親子歴史教室」IN三室(さいたま市緑区)
1029三室親子歴史教室

・ウェブライブ授業「斎藤武夫の日本が好きになる歴史講座」(Learn Japan提供)
http://www.learnjapanonline.com/
・ブログ「授業づくりJAPANの日本人を育てる授業」http://jdjapan.blog.fc2.com/
・メルマガ「授業づくりJAPANの日本人を育てる授業」http://melma.com/backnumber_198666/
・私家版『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』の販売

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◆おおむね軌道に乗りましたので、ここで、自分なりのつぶやきなどを再開することにしました。
 新たに授業もつくっていこうと思います。

◆私家版『授業づくりJAPANの日本が好きになる!歴史全授業』(¥2000)は、2刷りして現在1400部ほど販売しました。現在600部の在庫を抱えています。
 趣旨をご理解いただけましたなら、販売にご協力いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。
 また歴史講座が開催できるようでしたら、ぜひ声をかけてください。交通費(+必要な場合は宿泊費)+講師料(ご相談)でどこへでも参ります。
 また、来春をめどにCD版「パワーポイント授業用スライド:授業づくりJAPANの日本が好きになる全授業」を販売します。ご期待ください。FullSizeRender.jpg

◆最後に、ライブ授業の宣伝をします。
 PC、タブレット、スマホなどで、世界中のどこからでもアクセスできる歴史授業です。
もちろん日本語で進めます。9/25に第一回を始めて、11/27に第9回「仏教伝来」の授業をやります。このあらましを紹介します。
・この授業は、現在の学校教育では望みがたい「日本人としてのアイデンティティー・誇り」をしっかり育てる歴史授業です。
 この授業を受けると日本が好きになります。考える力もつきます。先人への感謝の心が自然とわいてきて、日本人としての自分に誇りが持て、生きる自信がつきます。自尊感情が豊かになり、情緒が安定し、思いやりのある子になります。意欲と向上心が高まります。規範意識と公共心という地盤ができて、自律・自立できる力になります。最も重要な変化は逆境に強い子になることです。2000年の祖国の歴史(先祖・先人のバトンリレー)にいまここにある自我がしっかりと支えられるからです。
・主催は「Learn Japan」という日本語教室のサイトで、ウエールズにお住まいのホール典子さんがやっています。この歴史講座も彼女の企画です。
・申し込みは「Learn Japan」から簡単にできます。受講料は1ヶ月4回3000円ですが、一家族何人参加してもOKです。しかも初めの4回は体験講座ということで無料です。
無料で体験してやめることができますので、お試しにどうぞ!
・毎週(日本時間です)日曜日の午後6:00~(欧州用)、水曜日の昼12:00~(米西海岸用)、水曜日の午後7:00~(アジア・豪州用、の3コマのどこに入っても大丈夫です。日本の方はおもに水曜午後7時を想定していますが、どのコマも自由に選べます。・zoomというソフトを使いますがPCの場合はソフトをダウンロードしなくても教室には入れます。ただし、タブレットまたはスマホの場合はあらかじめzoomアプリ(無料)をダウンロードしておきます。
・お申し込みいただいたら、ホストからメール(教室に入るためのリンク(ID)と資料のプリントpdf)が届きます。時間になったらメールにあるリンクをクリックすると「実行か保存か」を聞いてきますから、実行をクリックすれば、もうそこは教室です。すぐに授業に参加できます。
・現在、日曜のコマが一番多く10名ほど参加しています。イギリスとスペインと日本の方(日本人とハーフのお子さん)です。水曜の昼はロスに住む日本人の少年が2人。水曜の夜は日本在住の方が3人参加しています。まだ少人数ですので、とてもアットホームな雰囲気で楽しく授業を進めています。
・ぜひアクセスしてみてください。
http://www.learnjapanonline.com/?page_id=50

パンフ1

パンフ2

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改訂版16「陸奥宗光と領事裁判権の撤廃」


★領事裁判権(治外法権)の撤廃をめざした苦闘の歩みを学ぶ。陸奥宗光がその第一歩を達成した。陸奥の偉大さは教えるが、しかし、それはたんに一外交官の手柄ではなく、名に日本の官民一体の団結と努力が成し遂げたことであることを教えよう。ようやく、明治の目標{列強と対等につきあえる国}の半分が達成できた。後の半分は、戦争の実力を見せなければ達成できなかった。明治日本が置かれた過酷な運命を思いたい。

1 ノルマントン号事件

◆ビゴーの絵「ノルマントン号事件」を見せる
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┌───────────────────────────────┐
│ この絵を見て、疑問に思ったことをノートに書きなさい │
└───────────────────────────────┘
*発表させる。
◆板書:明治18年;ノルマントン号事件
◆事件の概要を説明する。
①1886年(明治18年)、ノルマントン号というイギリスの船が沈没した。
②横浜から神戸へ向かう途中、和歌山県沖で。
③救命ボートで助かったのはイギリス人だけ。日本人乗客23人は全員おぼれ死んだ。
┌────────────────────────────────────┐
│ 日本人を助けず、見殺しにした船長ドレイクは裁判にかけられました。 │
│ どんな判決が出たか予想してください。 │
│  A:無期懲役    B:懲役10年    C:無罪 │
└────────────────────────────────────┘
*発表させる。
◆無罪が正解です。「私は早くこのボートに乗れと言ったのに、日本人は英語がわからず、ボートに乗ろうとしなかったのだ」という言い訳を、裁判長が認めたためでした。
┌────────────────────────────────────┐
│ この裁判長に明治の日本国民はたいへん怒り、抗議しました。 │
│ みなさん、ご先祖様になったつもりで話してみてください。 │
└────────────────────────────────────┘
*発言させる。
┌────────────────────────────────────┐
│ その抗議が認められて、もう一度ドレイクは裁判にかけられ、3ヶ月の禁固刑、│
│ ただし、賠償金はなしとなりました。それにしても、23人を見殺しにした罪 │
│ としてはあまりにも軽すぎました。 │
│  どうしてこんな軽い刑罰ですんだのでしょう? │
└────────────────────────────────────┘
*発言させる。
◆板書:不平等条約①外人が日本で犯した犯罪は、日本の裁判所が裁けない。

◆このほかにも、
・少女が暴行されて無罪(東京)、
・衝突で船が沈められて74人が死んで、相手が悪いのに損害賠償1万ポンドを払わせられた(瀬戸内海)。
・外人に杖でなぐられて殺されても無罪(新潟)
などが起き、新聞報道で国民の多くが疑問と怒りを持つようになった。
政府も条約改正にいっそう取り組むようになった。

2 井上馨の欧化政策

◆絵「鹿鳴館のダンスパーティ」を見せる。
鹿鳴館

┌────────────────────────────────────┐
│ これは東京の鹿鳴館という建物で行われていたパーティの絵です。 │
│  井上馨が進めた「日本西洋化政策」で、条約改正を進めようと言うのです。 │
└────────────────────────────────────┘
◆板書:「鹿鳴館」・・・日本のリーダーが西洋人のように行動して仲よくなれば、
条約改正ができるだろう

◆この際策を進めた井上馨は次のような案で、条約改正を進め、各国も認めようとしました。①日本がつくる法律は外国に見せて承認を受ける
②日本の裁判所の裁判官の半分以上を外国人にし、英語で裁判する。
┌─────────────────────────┐
│ みなさんはこの案に賛成ですか、反対ですか? │
└─────────────────────────┘
*発言させ、理由を言わせる。
◆国民の反対にあい、条約改正は失敗する。これでは不平等条約よりももっと悪い。日本が外国にのっとられてしまったみたいだというわけです。

3 陸奥宗光の偉大な一歩

◆この条約改正をやりとげたのが、陸奥宗光です。写真を貼る。
陸奥宗光


◆プリント「陸奥宗光」を配り、読む。
*********************************

不平等条約の改正に成功した陸奥宗光

陸奥宗光は田辺藩(たなべはん)(和歌山県)の武士の家に生まれました。ペリーが来たときは十才の少年でした。十五才で家を出て、二十才で勝海舟の海軍繰練所(かいぐんそうれんじょ)に入り、海軍や西洋の法律を学びました。このとき、坂本龍馬と出会い、龍馬の海援隊(かいえんたい)(貿易会社)にも参加しました。陸奥宗光は一人で読書にふけることが多く、仲間とわいわいやるタイプではありませんでしたが、坂本龍馬だけは陸奥をたいへんかわいがり、
「海援隊にはすぐれた人物がたくさんいるが、自分の考えをしっかり持ち、独立してやっていけるのは、私と陸奥宗光だけだろう」と言っていました。
 龍馬が暗殺されたとき、陸奥は、日本を西洋と対等につき合える近代国家にするために、坂本さんのバトンを受けつごうと心にちかいました。
 陸奥宗光は、国会ができて新しい内閣の外務大臣(がいむだいじん)になり、不平等条約の改正に向けて努力をかさねました。それが、明治日本の最大の目標だったからです。
陸奥宗光はイギリスとの交渉(こうしょう)に目標をしぼり、ねばりづよく交渉していきました。イギリスは当時世界一の大国でしたから、イギリスが改正すれば、他の西洋列強(せいようれっきょう)も改正するはずだと考えたからです。
 また、陸奥の工夫は「条約はすぐに改正するが、完全に実施(じっし)するのは五年後にする」という交渉をして、相手を説得したことでした。
 陸奥宗光は国会で次のように演説しました。
「わが国はこれまで、開国して西洋から学び、発展してきました。貿易額(ぼうえきがく)は五倍になり、日本中に電線と鉄道がひかれ、海には大きな蒸気船(じょうきせん)がうかんでいます。軍隊も西洋にひけをとらないほどになりました。とくに、憲法と国会をつくり、重要な問題をこのように国民の代表が話し合ってすすめる国は、西洋以外では日本しかありません。この日本を、西洋の国々もおどろいて見ています。
 さて、国民の中には『外国人の国内の行動を制限して、日本人とふれあわないようにすべきだ』という意見がありますが、これはまちがいです。西洋人も日本の国内で自由に行動できるようにしてこそ、不平等条約の改正が前進するのです。」
 こうして、西洋人が日本のどこでも安全に自由に行動できるようにしたことによって、陸奥宗光はイギリスとの条約改正に成功しました。明治二十七年(一八九四年)のことです。他の西洋諸国もこれにならいました。
 陸奥宗光は、これからの外交で大事なのは、まず自国に誇(ほこ)りを持つこと、相手を恐れず勇気を持つこと、そして強い国の仲間入りをすることだと言っています。
*******************************

◆明治27年(1894年) 不平等条約の一部改正(治外法権の廃止)
*外国人の裁判も日本の裁判所ができるようになった。
◆しかし、完全に対等にはならなかった。
◆板書:次は、日本の関税を西洋が決めるという貿易の不平等をなくすことが目標だ!


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改訂版14「藩閥政府と自由民権運動」

★自由民権運動は人権派で善、藩閥政府は反動的で悪、という教え方がふつうです。これは、日本国憲法を善とするために、大日本帝国憲法を悪い憲法と教えなければならないからです。しかし真実はちがいます。目標は同じ、対立は急ぐかゆっくりかの違いに過ぎませんでした。人権派と藩閥政府の国家間はまったく同じだったといっていいと思います。
日本共和国がいいという主張はありませんでした。子供には真実を教えましょう。


1 自由民権運動

◆プリント「自由民権運動」を読む
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 自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)

 西南戦争が終わったとき、明治日本の偉大な三人のリーダーが、三人とも死んでしまいました。
 大久保利通(おおくぼとしみち)(薩摩(さつま))、西郷隆盛(さいごうたかもり)(薩摩)、木戸孝允(きどたかよし)(長州)の三人です。
 その後を引き受けたのが、伊藤博文(いとうひろふみ)(長州)です。

 伊藤は大久保利通の意志をひきついで「富国強兵(ふこくきょうへい)」の政治を進めました。明治日本の大目標をなしとげるには、これ以外に進むべき道はありませんでした。西郷さんなきあと、この方針に反対する人はもう一人もいませんでした。

 しかし、ここに新しい意見が出てきました。板垣退助(いたがきたいすけ)(土佐藩(とさはん))や大隈重信(おおくましげのぶ)(佐賀藩(さがはん))たちが、政府に提案した意見です。彼らはこう言いました。
「明治政府のリーダーが、いつまでも長州藩と薩摩藩の出身者だけ(藩閥政府(はんばつせいふ))なのはおかしい。西洋と同じように、国民の選挙(せんきょ)によってリーダーを選ぶべきである。」

この意見を広めていった運動を、自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)といいます。それは、今の日本と同じような「民主主義(みんしゅしゅぎ)」の考え方の第一歩でした。
リーダーを選挙で選ぶようにするためには、次のことが必要でした。

①憲法(国の形や政治の進め方を決めた法律・・・国の基本になる法律)
②議会(国会・・・選挙で選ばれた議員が話し合って、法律や税金の使い方を決める)

┌────────────────────────────────┐
│■明治政府のトップだった伊藤博文は、この意見に賛成だったでしょう│
│ か? 反対だったでしょうか? │
│    A 賛成     B 反対 │
└────────────────────────────────┘
********************************

【板書】
 タイトル「自由民権運動・・・民主主義の第一歩」
・国のリーダーは選挙で選べ→憲法と国会(議会)をつくる
 写真①「板垣退助」写真②「大隈重信」写真③「伊藤博文」

『AかBを選びなさい』

・人数分布を板書し、理由を言わせる。
◆伊藤博文はもちろん賛成でした。五箇条のご誓文に「広く会議を起こし万機公論に決すべし」とあるとおりです。
◆国家目標である不平等条約改正にとっても、「憲法と議会」は日本が平等条約を結ぶための条件とされていた。これは既習事項なので生かせるといい。
◆大久保利通は「政体に関する建白書」で、君主専制、共和制、君民共治の三つがあるが、日本の伝統には君民共治(立憲君主制)が最もふさわしいと書いている。

2 藩閥政府と自由民権派の対立点

『政府も自由民権派と同じで、憲法と議会をつくりたいのなら、何が対立点だったのでしょうか?』
◆マークしながら、プリント「自由民権派の意見と政府側の意見」を読ませる。
*******************************
┌───────────────────────────────────┐
A 【「自由民権運動」側の意見】 板垣退助・大隈重信
│  急いでやるべきだ。このままでは薩摩と長州出身の一部の者の独裁政治(どくさいせいじ)が│
│ 続き国民の元気がおとろえてしまうだろう。四民平等(しみんびょうどう)ではなくなってしまう│
│ からだ。不公平なリーダーの決め方は、ぜったいによくない。 │
│  だから、国会(こっかい)を開いて、国民が選挙(せんきょ)で代表を選び、その代表が話し合いに │
│ よって政治を進めるべきなのである。 │
│  また、西洋列強(せいようれっきょう)は不平等条約(ふびょうどうじょうやく)の第一の理由に「憲法(けんぽう)がなく国    会もない」│
│ ことをあげている。日本を、西洋と対等(たいとう)な国にするためにも、一日も早く│
│ やるべきである。 │
└──────────────────────────────────────────────┐
B 【政府側の意見】 伊藤博文

│  国のリーダーを選挙で選ぶべきだという考えは、政府も賛成だ。 │
│ しかし、今すぐそれをやるのは、たいへん危険(きけん)である。急ぐべきなのは、│
│ 富国強兵の政治であり、のんびり話し合って政治を進めるよゆうは、今の │
│ わが国にはないのである。 │
│  また、国民はこれまで何百年も、武士の政治にだまって従(したが)ってきたので、│
│ 政治がやるべき事がよくわかっていない。もしまちがったリーダーが選ばれた│
│ ら、日本の独立(どくりつ)もあぶなくなる。国民の教育を進めて、国民が国や政治につい│
│ て理解できるようになってから、選挙を行うべきなのである。 │
└───────────────────────────────────┘
『対立点は、今すぐやるか、時間をかけてやるか、だったことがわかりました。 あなたが当時の国民だったら、どちらの意見に賛成しますか。
 AかBを選び、その理由をノートに書きなさい』

◆人数分布をとり、話し合わせる。


3 国会開設を約束する

『こうした議論の結果、政府は9年後に議会政治を始める約束をしました』
◆明治天皇の写真を貼る
板書:明治天皇の約束・・・明治14年(1881)
    「9年後の、明治23年に選挙を行い、国会を開きます」

◆プリント「国会開設の勅諭」を読む。
******************************
国会開設の勅諭

 私は平安時代からゆるんでいた天皇の力をふるいおこし、国を一つにまとめると共に、立憲政治を進めようと考えてきました。
 3年前に府県会(地方議会のこと)を開いて選挙を始めたのも、立憲政治の基礎をつくろうとしたからです。
 しかし、国の政治の仕組みをつくる仕事はそうかんたんにできるものではありません。
 今から9年間、政府も民間もしっかりと準備を進めるようにしなさい。
 そして、9年後には、憲法を作り、選挙を行い、国会を開くなど、これまで目標としてきたことを必ず実現することを約束します。
************************************

『自由民権派はどうしたでしょうか?』

A:いますぐやれと、さらに反対運動を進めた。
B:約束に賛成し、それにしたがった。

◆大隈も板垣もっこの約束を喜んだ。自分たちも憲法案を作ったり、政党を結成したり、その日までに準備することがあったからだ。
◆自由民権派全体としてはBだったが、一部の過激派は暴力的な事件を起こした。(秩父事件など)
◆これは板垣退助『自由党史』から。
「自由民権運動の人々も、まるで雷にでも打たれたように言葉を失い、10年後には理想が実現することを喜んだ。そして、政党を作り、選挙のための準備を始めた」

4 政党ができた

板書:板垣退助「自由党」、大隈重信「立憲改進党」
   伊藤博文・・・・明治15年、憲法の勉強をするためにドイツに行った。

『官軍と幕府軍の目標が同じだったように、藩閥政府と自由民権運動の目標も一つでした。彼らは戦いながらも、しっかり協力して日本の次のステップを目指したのです。明治の日本人はっこのように明治天皇の下、しっかり団結していたことをわすれてはなりません。こうして政府と国民は、アジア初の立憲政治の実現に向けて準備を進めていきました』


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プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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