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感想文(小6)「王政復古と江戸城無血開城」

感想文集  西郷隆盛と勝海舟「西洋の応援をことわったわけ」

■・・・その時、幕府はフランスを味方につけるといううわさが入ってきた。反徳川にはイギリスがいる。イギリスを味方につけるかという討論を行った。自分はイギリスを味方につけたくなかった。日本がイギリスの下にに立つのがとてもいやだったし、植民地にはなりたくなかったからだ。・・・勝と西郷が江戸城無血開城を行ってくれて、本当にありがたかった。・・・日本が二つに分かれないでよかった。(根本駿)

■もし勝海舟が、フランスと手を組むのを取り消していなかったら、日本は戦争をして弱くなり、支配されたり、植民地にされていたかもしれないので、フランスと手を組むのを止めてよかったです。(野場麻未)

■勝海舟は、西郷隆盛に江戸にせめこまないでほしいと説得したり、フランスの応援で戦うのをやめるように幕府の人たちを説得したりして、説得力があると思った。幕府がフランスの応援をことわるのは、日本だけの問題に外国がかかわるのがいやだったのかと思った。でも、実際は、日本がフランスの下になってしまったり、日本が弱くなって植民地にされてしまうのを防ぐためだと知りました。(福田千紘)

■・・・しかし、フランスには「日本はフランスの力が無いと、戦争できないほど弱い国だったのか」と思われてしまい、フランスの植民地になってしまうこともありえないことではない。(高橋美里)

■・・・勝海舟は、戦った後のことも考えて、植民地にされないように、戦いをやめた。西郷もそれに賛成していた。自分もそれに賛成だ。・・・(阿久根敦)

■・・・このとき、幕軍にはフランスが、薩長にはイギリスがつくといった。でも、勝海舟と西郷は反対した。理由は、フランスやイギリスがいないとだめなんだとみとめているようだったからだ。これには僕も賛成だ。いい国ができるようにがんばってもらいたい。(小野寺大樹)

■・・もしこの戦争が本格的になっていたら、日本はまっぷたつに分かれて、国内戦争が続いてしまうと思った。しかし、勝海舟(幕府側)は、戦争には反対だった。そして自分たちがやることは「フランスの応援をきっぱりとことわることだ!」と言った。日本が植民地になるのを防ぐためだ。勝海舟はかしこい人だと思った。(松戸利樹)

■勝海舟のすごさがわかった。勝海舟はいままでの幕府の人の中で、いちばん日本人としてのプライドがあると思う。フランスを味方につけないで、自分たちのことは自分たちで解決しようという考えがすばらしい。西郷もイギリスを味方につけなかった所がかっこいいと思った。それで、龍馬の時と同じように、戦争をしないで解決したところがすばらしいと思った。(高岡あずさ)

■西郷隆盛と勝海舟が同じ藩の人だったら、日本はもっと早く西洋と対等な国としてやっていたのかなあと思った。フランスは幕府(徳川)の応援をして、日本の上に立とうとしたのかもしれないが、イギリスは薩長と仲よくなったのに同じような考え方をしていたのに、びっくりした。

■勝海舟と西郷隆盛は、二人とも日本が日本であるようにとがんばったんだなあと思った。でも、話し合っただけで、戦いがなくなったのは、勝海舟と西郷隆盛の二人じゃないとありえないんじゃないかと思った。(山中裕子)

■・・・西郷さんはえらいと思った。あいてのほうがもしかしたらフランスと組むかもしれないのに、自分たちはイギリスと組まなかった。勝海舟もフランスと組まなかった。人数が多いから、もっとふえればぜったいに勝てるのに、手を組まなかった。そして江戸無血開城で、だれも血を流さずに終わった。・・・(大野雅子)

■・・・もし植民地になっていたら、私たちはいなかったかもしれない。いたとしても、今のように豊かではないのはかくじつだと思った。(増見幸恵)

■・・・今日の問題で、西郷さんはどうすべきかで、私はBの「イギリスの応援はたのまない」だと思いました。理由は、なんか自力でやるって感じの人だからです。今日は理由がつけられてよかったです。(利根川弥生)


●授業の中心のテーマを少しでもとらえていたのは、上の人たちでした。私の教え方が不十分だったためです。反省! だから、少しだけ、下に解説してみます。

●前にあった、佐伯さんのように「もし」の話をしてみましょう。
もし幕府にフランスが応援し、薩長にイギリスが応援して、本気で戦ったら、おそらく日本人どうしの血みどろの戦いが何年も、あるいは何十年も続いていたことでしょう。
 戦いが続けば、それは、しだいに幕府や薩長よりもあっとうてきに強い軍事力を持った西洋どうしの戦争になっていくことでしょう。
たんなる応援ではなく、いずれはイギリス対フランスの戦争が日本の上で行われることでしょう。それは、世界で一、二を争う強国どうしの戦いです。
そうなったら、たとえどちらが勝っても、日本の力は弱まり、すぐれた日本の人物の多くがは死んでいくでしょう。幕府側が勝っても、それは幕府が勝ったのではなくフランスが勝ったことになります。薩長が勝っても、それはイギリスが勝ったことになるのです。
そのときはもう、日本は日本人の国ではなくなっていたでしょう。たんにボランティアで応援する国はないのです。

●インドがまさにその通りになりました。
イギリス対フランスの戦争が起きて、勝ったイギリスがインドを植民地にしてしまったからです。勝海舟も、徳川慶喜も、西郷隆盛も、それをさけるために西洋の応援をことわり、戦いをやめたのです。
この三人の人物が、西洋のわなにはまらずに、「幕府のためでもない、薩長のためでもない、日本のためだ!」と考えてくれたおかげで助かったことに、私は感動します。
山中さんの、「日本が日本であるようにがんばった」という言葉が、とてもとても心に残りました。


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感想文「高杉晋作の国づくりの大方針」


■高杉晋作は、すごく偉大な人物だと思った。長州藩にも弱気な人が出てきたけど、晋作は自分の意見をはっきり主張した。高杉晋作は「日本」という国のために、死ぬ気でがんばってくれた。もし、高杉晋作が日本を守ろうとしてくれなかったら、日本は植民地になっていたか、弱い国に成っていたと思う。そうしたら、今の私もいなかったかもしれない。(佐伯)

★佐伯さんは「もし・・・だったら」と考える。歴史はもう起きてしまったことだと思えば、歴史には「もし」ということはない。けれど、ご先祖の立場に立てば、いくつもの別れ道があったとわかる。
Aという道を選んで今があるが、Bという道を選んでいたら、今とはちがう日本があるだろう。
そうしたら「今の私はないかもしれない」。こういう気持ちはとても大切だ。
ご先祖たちの真剣さがわかるからだ。ご先祖は、まよいながら、苦しみながら、道を選んできた。正しい答えがわかっていて、選んだのではないのだ。しかし、どうすべきかを真剣に考え、決断し、行動した人物たちが日本をつくってきたのだといえるだろう。高杉晋作だけでなく、同じように行動し、活躍した人物が、この時代にはたくさんいた。阿部正弘や、吉田松陰や、高杉晋作は、道のとちゅうで倒れてしまった。29歳という若さである。しかし、そのバトンを受けついだたくさんの人たちがいたのだ。

■高杉晋作が、24歳の時に、シャンハイに行って見たこうけいは、誰が行ってもおどろくことだと思う。しかし、あんなに思い切った奇兵隊をつくって、幕府に立ち向かうことは、誰にもできないことだと思う。
高杉晋作が、第二の聖徳太子に思えてきた。(角田)

★歴史上の人物のとらえ方がおもしろかった。が、その誰にでもできるわけではないことをやった人物が、これほどたくさん出てきた時代は、日本の歴史の中でもそんなにない。それが、この時代(江戸から明治へ)だった。
「第二の聖徳太子」という考えもすごい。聖徳太子のように、国づくりの大方針を考えた人物が、高杉以外にもたくさんいた。ここで聖徳太子を思いうかべられるのは、歴史をしっかり勉強してきたしょうこだ。

■幕府をたおそうという方針にびっくりした。幕府は何もしていないけど、たおしちゃうなんて。太子の時代から続いていた天皇中心の国が、1000年以上も続いて、この時代も続こうとしている。聖徳太子がいなければ、天皇中心というのも、なかったのかもしれない。一人一人の人物に、今こうやって幸せに過ごしていることを、心から感謝したいと思う。(高岡)

★ほとんどの人が、幕府をたおすという高杉の考えに疑問を持たない中で、高岡さんは「どうして?」という感じで見ていた。すばらしい。
実は、当時の日本では、高岡さんのように考えた武士たちのほうが多かったのだ。
国作りの方針で、高岡さんも聖徳太子を思いうかべていて、すばらしい。
最後の文は、歴史を勉強するときに、いつもわすれてはいけない気持ちだと思う。


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感想文「不平等条約の締結」

感想文集:不平等条約の締結

★良い質問を紹介して、それに答えます。また、たいへんすぐれた感想を紹介します。内容は中学生レベルです。また、ご先祖たちの苦しみを自分のことのように考えた り心配したりできるのは、歴史を学ぶいちばん大切な学力です。学びましょう。

■イギリスは英、フランスは仏、ロシアは露で、オランダは蘭で、アメリカは「亜米利加」の中の米だと、初めて知りました。日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)や日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)など、むずしい言葉だと思いました。その中で、下田に領事館をつくるなどをきめました。(利根川)

★「条約」というのは、国と国の間で結ぶやくそく(法律)のことです。「和親」は仲良くすることですから、この条約は、日本とアメリカが「つきあい」をするやくそくをしたことになります。「修好」も国と国の交流をすることで、「通商」は貿易をすることですから、こちらの条約は、日本とアメリカが貿易を始めるやくそくをしたことになります。でも、この条約には、アメリカに有利で、日本に不利な不平等なやくそくがふくまれていました。これからは、日本は西洋の国々と上下関係のある交流を進めなくてはなりません。

■今日はむずかしくて、あんまりよくわからなかった。アメリカはなんで日本が開国してあげたのに、日本のほうが下の立場なのかと思った。「関税自主権」がイマイチ(イマニくらい)よくわからなかった。(山中)

★関税自主権(かんぜいじしゅけん)について、もう一度書きます。
 国と国が自由に貿易するのは両方が豊かになるためです。でも、貿易にはおそろしいところがあります。たとえばの話をしましょう。
 西洋は機械と工場で安いもめん糸ををつくります。日本やアジアの国は昔ながらの手作りなので、そんなにたくさん安くはつくれません。貿易をしなければ、日本は日本の中で必要なだけつくっていればよかったので、手作りでもよかったのですが、西洋は自分たちが使う量の何十倍も何百倍もつくってしまいますから、これを売ってもうけたいのです。
 大量生産した安い西洋のもめん糸が日本に大量に入ってきます。ふつう消費者は同じ品質なら安い方を買います。日本人が西洋のもめん糸ばかり買って、日本産のもめん糸を買わなくなったらどうでしょう。とうぜん、日本の糸をつくる産業も、糸の原料を作る農業も、糸を売る商業も、つぶれてしまいます。いろいろな輸入品で同じことが起こったら、たいへんなことになりますね。
もし対等な国どうしだったら、自分の国の産業を守るために、輸入したもめん糸に関税という税金をかけるのが西洋のルールです。そうすると、もとのねだんに関税ぶんのねだんをたして売るしかありません。そうしないともうけられないからです。そうやって、輸入品のねだんを国産品のねだんよりも高くしてしまうのです。そうすれば、国内の産業がほろびることはありません。また、税金は政府の収入にもなり、政治を進めるのにも役に立つから一石二鳥(いっせきにちょう)です。このように、西洋の国どうしは、おたがいに関税をかけあって、貿易をしながらも自国の産業を守れるようにしていたのです。
 でも、日本の幕府はアメリカの軍事力(ぐんじりょく)に負けて、条約を結びました。軍事力の強い方が自分の有利になるようにルールを作ったのです。だから、日本にとって不利な条約になり、日本は「関税を自主的に決める権利」をもてなかったのです。
ペリーのような大砲でおどしてやる外交を砲艦外交(ほうかんがいこう)といいます。世界は弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の西洋のルールで動き始めています。力が対等なら、不利な条約にはならず、関税も自分の国で決めるという条約を結べたことでしょう。しかし、そうはなりませんでした。アジアの国々はみな、西洋の工業と軍事力にやぶれていき、植民地にされてしまったわけです。しかし、私たの先祖である武士たちは、このピンチに立ち向かっていきました。

■阿部正弘は開国した。でも戦いたいという気持ちは、私と同じだった。不平等条約はひどすぎる。それにアメリカと貿易し始めたら、イギリス、「オランダ、フランス、ロシアまで、「貿易しろ!!」と来てしまった。これからの日本がどうなるか心配だ。(守屋)

■不平等条約はずるい。昔の中国と日本みたいにまた上下関係が始まってしまった。西洋人が悪いことをしても、日本の裁判が信じられないなんて、そっちはやりたいほうだいじゃないかと思った。関税自主権が認められないのもくやしい。西洋の物がたくさん売れて、日本の物が売れなかったら、いまの会社みたいなのが商品が売れなくてとうさんしてしまうからだ。開国という選択(せんたく)がまちがっていたのだろうか?(阿久根)

■今日の授業で、やっぱり日本は不利な立場にいることがわかった。アジアの国々は、手も足も出なくて、植民地になったところも少なくない。日本もひとつ選択をまちがえたら、支配されてしまうだろう。このころ生きていた将軍、朝廷、武士たちは、さんざん頭をなやませただろう。日本はどっちを選択しても、有利な立場にはなれないと思う。それだけ、経済力も、戦力もなくなってしまったからだ。通商条約は、日本を馬鹿にしたような条約だと思った。「おまえたちは、力がないのだから、従え!」と言われているようで、くやしかった。でも、この時の日本は、何も抵抗できなかったのだと思う「日本」という国がほろびないために、なんとかこのピンチをのりこえてほしい。(高橋)

■日本は開国したが、開国しなければやられてしまったと思う(攻撃されて)。しかし、開国しても、けっきょく不平等条約を結んでしまった。本当にどうすればよかったのだろう。阿部正弘は大変だった。すごく大変なことに、にほんがぶつかっ他のだと思う。 ぼくは、幕府のせいでこうなってしまっているので、幕府をたおす運動を始めてみればいいと思う。(根本)

■日本が修好通商条約を結んだら、それは不平等条約だった。日本は関税を自分たちで決まられなくなってしまい、危ないじょうきょうです。それに外国人が犯罪をおかしても、その犯人の国の政府がさばくことになってしまいました。これは、あまりにもひどいと思います。これで支配されたら、日本どころか、世界中が支配されて、世界は西洋のもになっていたかもしれません。でも、いま日本があるから、何かが起こったのだなと思いました。(佐藤り)


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感想文「なぜ西洋は開国を迫るのだろう」

島小学校時代の授業実践の記録です。
10年前くらいかな。もうちょっと前か。
6年生(12歳)がほんとうによく考えていると思います。
またそれぞれの考えが少しずつ違っているのも私の授業のいいところ(笑)だと思います。
ただし、全員に健康な愛国心というベースはできていますね。
できれば、全員分を読んでみてください。
ひょっとしたらこれはエリート小学校なんじゃないかと思えてきてしまいますよ。
(今日はちょっと謙虚さが足りません。反省!)
*********************************

感想文集「39 なぜ西洋の国はそんなに貿易をしたいのだろう」

■開国か戦争か。どっちを選んでも日本はあぶない。でも、どっちかを選ばなくてはいけない。しんちょうに選ばなくてはいけない。だって、その選択によって、日本の運命が決まるからだ。(池田)

■今回はアヘン戦争などについて勉強した。いきなり絵を見た。それはアヘン戦争の絵だった。清とイギリスの戦いだった。清が負けた。でも、麻薬を売るような国となら、戦争をしてもいいと思った。西洋と貿易した国が、支配されてしまったなんてびっくりした。(増見)

■いままでは、貿易はやってそんをすることはないと思ってきたけど、生産する力がちがえば、西洋は国を支配するまで追いこんでしまうんだなと思った。イギリスと清が貿易のことで戦争をして、西洋のおそろしさを知ったから、日本は開国した方がいいんではないかなと思った。(渡邉)

■貿易は、いままで貿易をした両方の国が豊かになるものだと思っていました。でも今回の授業で、貿易をしたアジアの国が貧しくなり、支配されてしまったことを初めて知りました。日本がアメリカとの貿易をなやむ理由がわかりました。(福田)

■ぼくは、なんでわざわざ地球の裏側まで行って、むりやりにでも貿易したいのか、最初はまったくわからなかった。でもアジアに商品を売って、最後はのっとってしまうなんてすごいと思った。(福永)

■まさか、大国の清がちっぽけな国のイギリスに戦争で負けるとは思わなかった。
イギリスが支配している国が半分ぐらいもあるのでおどろいた。蒸気の機械は、いまの機械の先祖なんだと思った。西洋の人間はとんでもない考えで貿易したり、アジアを支配したりしたんだと思った。白人(西洋人)がいちばんえらいと主張しているみたいだ。(浦)

■アジアの日本、中国、朝鮮以外の国はぜんぶ西洋の国に支配されていたなんて知らなかった。アメリカは強そうだけど、陸に上がれば大砲がないから弱いと思う。だから、戦うのもいいと思ったけど、陸に上がってこないかもしれないから、やめた方がいいと思った。でそんなにお金がほしいのかと思った。アジアはほとんどつぶされたけど、なんとかがんばって日本を守ってほしい。(阿久根)

■いま日本があるのは、五代前くらいのご先祖様たちががんばってくれたおかげだと私は思う。もしまちがった答えを出していたら、日本も支配されていただろう。イギリスはひどい国だと思った。清を貧しくさせ、自分らの国を豊かにし、ばいしょう金までとった。私はやりすぎだと思った。(守屋)

■西洋と戦うか、開国して貿易するかという問題で、開国すれば国はくずれずに、外国との貿易で豊かになれると思っていた。しかし、今日の勉強で、開国しても最後には支配されてしまう可能性が強くなった。どちらを選んでも支配されるのなら、戦って、少しでも支配される可能性を下げたいです。(斉藤ゆ)

■西洋はすごいもうけかたをするなと思った。原料を安く買って、機械で大量に作って、安いねだんで売る。せこいなと思った。それじゃ、ほかの国は支配されるのもわけないと思った。イギリスが麻薬を売りつけて中国を苦しめたのは、ひどいなと思った。日本はいったいどうなるのだろう。(川村)

■西洋の国々はいろいろな所を支配している。アジアにもとうとうやってきて、「アジアもせいふくしてやる」みたいなメッセージも、アヘン戦争にはあったのではないか。阿部正弘はとてもなやんだと思う。戦えば負ける。開国しても支配されるかもしれない。いままでの歴史の中で、いちばん頭をひねらなければいけない。(根本)

■西洋は自己中心的な国が多いなと思った。ここで日本が支配されていたら、どうなっていたのだろう。そんなに機械で大量生産して、材料はなくならないのかと思った。清のほうが人数が多いのに、イギリスが勝つというのは、すごく強いんだなと思った。昔のイギリスはすごくこわい国だったんだなと思った。(大北)

■西洋は「世界中と貿易してもっともうける」といっても、やり方がひどすぎると思う。日本が清のようにならないようにするには、開国しないで戦争した方がいいと思う。だまされて、麻薬で死者を出すよりはいい。あと、なぜ天皇や将軍が決めないで、老中首座の阿部正弘が決断するのかがわからない。(角田)【いまの総理大臣です】

■ぼくの前の考えはまちがっていた。貿易して損をすることは一つもないと思っていたけど、貿易しても支配されるかもしれないからだ。だからといって、貿易をせず、戦争になったら、日本は滅びてしまうかもしれない。でも、ぼくは何もせずに支配されるよりも、できるだけ戦ってみればいいと思う。(小野寺)

■最初の絵を見てイギリスが清に勝ったと聞いて、それじゃあ日本がアメリカにとられるのも時間の問題だと思った。貿易しても、戦ってもとられてしまうと思ったので戦うほうを選んだ。どうせとられるんだったら、いちかばちか戦った方がいい。(斎田)

■西洋と貿易すると支配されてしまう。しかし、戦っても負ける可能性が高いが、貿易して支配されるよりは、戦ったほうがいい。負けると決まったわけでもない。でも西洋はむりやりにでも支配するような感じがする。(佐藤)

■西洋はあまりにも欲張りすぎだ。自分たちの好き勝手にやって、アジアの国を支配して・・・。でも、もし貿易しなければ、外国の文化も取り入れず、江戸時代の自給自足の国を続けることになってしまう。こんどペリーが来たとき、私は「開国する」と宣言すると思う。もし戦うことになったら、日本は負けてしまうだろう。でも、開国を選択したのなら、何かやれることがあるだろう!(高橋)

■私は開国した方がいいと思う。国が貧しくなり、植民地にされるかもしれないが、それは日本があってのことだ。戦争をすれば、夢(対等につきあえる)もなくなってしまうからだ。戦争に負ければ、結局開国させられることになるからだ。(石原)

■イギリスはひどいと思った。アジアの国が支配されてしまった。日本の選択がひとつちがったら、日本という国がほかの国になるかもしれないと思った。(大野)



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「幕末から明治の日本」をこう学んだ

■日本を建て直すカギはいくつかあると思いますが、その重要な一つは歴史教育の改革だと考えてささやかな努力を重ねてきました。全国の小中学校で、こうした歴史教育を20年くらい続ければ、未来に光明を見いだせるかもしれない。そう考えて、微力ながら発信し続けています。

「幕末から明治の日本」をこう学んだ

*今回は一人の生徒のノートを追いかけてみましょう。中学2年生の女子です。生徒のノートには、私が黒板に書いたこと、私が話したことのメモ、発問に対する意見や理由、そして最後に授業についての短い感想などが書いてあります。ここでは幕末から明治まで、22時間分のの授業名と、彼女の意見や感想文だけを抜き書きしていきます。

1 せまり来る西洋と徳川幕府
・異国船が次々にやってきて、アヘン戦争も起きました。これからどうなるのかなと思いました。

2 江戸時代ヨーロッパでは
・どうして西洋列強がアジアまで来るのかが少しわかりました。油断ができません。それはそうと、私は今回の試験でかなり成績がアップしました。1年生の頃は歴史は苦手と思っていたので、全然だめでした。ある日、本を読んでいたら、主人公が歴史が得意な子で、私はその子に憧れて、歴史を勉強したい!と思うようになり、歴史の本も読むようになりました。すると成績が上がりました。大事なのは、歴史を自ら学ぼうとする姿勢でした。歴史が好きになりました☆

3 ペリー来航と開国
・30歳ほどの若さでここまでできる、がんばれる人はすごいと思いました。今この時代でも、のような人材が増えてくれば、日本はもっと発展できると思いました。阿部正弘は尊敬できる人物です。

4 不平等条約とその後
・私は攘夷派です。なぜかといえば、今までずっと続けてきた伝栂崩れてしまうのがいやだから。また、朝廷の許しを得ずに勝手に決めるのはやはりよくないと思います。
・日本のプライドもあるし、外国人に日本のことを勝手に決められるのは嫌だと思いました。私が当時の侍でしたら、きっと攘夷派を選びます。

5 尊皇攘夷運動1「吉田松陰と松下村塾」
・やはり日本の歴史を動かすような偉人は、普通の人とはどこか違っていると思いました。日本全体を考えることが大事だと思いました。

6 尊皇攘夷運動2「高杉晋作と国作りの大方針」
・やはりみんなの先頭に立つ人は、幕府とか長州藩のことではなく、日本全体のことを考えているなと思いました。この人のおかげで、今私は平和な生活を送れることを自覚し、深く感謝し、しっかり勉強します。高杉晋作スゴイ!!!

7 生麦事件と薩英戦争
「薩摩藩はどうすべきか?」・私は、2万5千ポンドを払って、犯人は渡さないことにします。イギリス人が死んでしまったのだからお金は払った方がいいけど、きった武士は殿様を守るためだから悪くないと思う。
・幕府の28万両はかなりの大金だし、確かに渡すのはちゅうちょするけれど、のろのろしていたらイギリスに何をされたかわからなかった。小笠原さんのとっさの行動に驚きました。

8 坂本龍馬と江戸幕府の滅亡
・偏差値はそれほど高くなかったみたいですが、坂本龍馬を見て、人は成績やペーパーテストで決めつけてはいけないなと思いました。

9 戊辰戦争と明治維新
・西洋のねらいを見抜いた西郷さんと勝さんはすごいと思いました。東京の地名の意味やいつごろ江戸が東京になったかなんて考えたこともありませんでした。天皇中心の国ですね!この授業でまた私は一つ学ぶことができてよかったです。白虎隊のお話はしょうげき的でした。

10 中央集権国家への道
・「廃藩置県」私は今すぐ実行すべきを選びます。日本は日本一つでじゅうぶんです。それ以上たくさんの小国があっては団結できないし、他国から攻撃を受けたとき、いくら藩の武士たちが強くても、日本がバラバラでは勝てるわけがありません。日本が滅びてしまう前に、早く廃藩置県をすべきです。
・廃藩置県て、ただ藩を廃止して県を置いただけのことだとおもっていたけど、深い意味があったことを学びました。こんなリストラを受け入れた潔い武士には、ただただすごーいという一言です。

11 三大義務の改革
・学校ができ、強い軍隊ができ、税の仕組みができました。現在は10%ですが、もし当時10%だったら相当大変だったろうなと思いました。税のおかげで富国強兵もできます。税はイヤだなと思ってただけでしたが、今日はっきり考えが変わりました。

12 国境の画定
・やっと国境が決まり、勝手にとられてるということがなくなり安心です。戦争もせず、交渉だけで千島列島をぜんぶ取った榎本武揚はすばらしいと思います。この人こそ今の日本に必要な存在ではないでしょうか。

13 岩倉使節団と征韓論
・西洋文明を見て40年で追いつく!と宣言し、それを実行し、成功させることはとても難しいことです。私たちの先祖はそれを成功させたんですね。まさに有言実行だと思いました。すばらしいです。

14 西洋人が見た幕末・明治の日本人
・これを読んで、日本人として誇りを持ってもいいかなと思いました。現代の日本人にはシャイな人が増えて、ろくに挨拶できない人もいるけど、誰かのために無償でがんばる人、自分の仕事に責任を持つ人は今も健在です。昔のご先祖様がこんなにすばらしかったのだから、心がけしだいであいさつのたえぬすばらしい国になれるはずです。どんどん日本が良い国になってくれたらうれしいです。

15 不平等条約改正の歩み
・不平等条約のせいで昔こんなことが起きていたなんて、ノルマントン号事件だけじゃなかったことを初めて知りました。とても悔しく思います。しかし、1894年、様々な人たちの努力により、日本は列強と対等な国になることができました。ほっとしました。努力が認められたのだと思いました。

16 自由民権運動
・「憲法と議会どうするか?」私は、政府派の「時間をかけてやろう」に賛成です。自由民権と政府は目標が同じ文明国日本なんだから、時間をかけてしっかり進めるべき。何事も焦ると失敗します。いまやることはまず富国強兵です。たくさんお国を参考にして慎重決めよう!
・西郷・大久保・木戸がいあんくなり、伊藤・板垣・大隈が出てきました。素敵な国をつくってくれるとうれしいです。憲法を学ぶために自ら留学する伊藤博文を見て、リーダーシップのある日本代表にふさわしい人であると思いました。

17  大日本帝国憲法と帝国議会
・待ちに待った憲法がようやくできあがりました。私は塾でも小学校でも、大日本帝国憲法は天皇独裁で悪いものだと習ってきましたので、とてもしょうげき的でした。いちばんよかったのは「憲法とは日本の長い歴史と伝統を受け継がなければならないのだ。西洋のものを写した憲法では、日本の憲法にはならない」というところです。実際の憲法は、世界の国々も認めるすばらしい憲法だったとわかりました。

18 日清戦争
・どんなに人を殺すのがよくないか小さいときから聞かされていた私にとって日清戦争は考えられませんでした。でも、戦争の本当のその当時のことや日本の考えを聞いて、その当時の人々はどのような気持ちだったのでしょうか。そう考えるようになりました。もっと当時の人たちの心によりそって物事を考えることが大事だと思いました。

19 日英同盟 
・今日、臥薪嘗胆という四字熟語を習いました。私は知っていたので、ロシアに勝手なことをされていた当時の人々がどんなに悔しかったかがよくわかりました。柴五郎さんの活躍は誇らしい限りです。

20 日露戦争
・ロシアというと世界一大きな国。そんな国に日本が勝ってしまうなんて信じられない驚きです。やはり日本はすごいなと思ったし、戦いを勝利に導いてくれた小村さん、伊藤さん、東郷さん、乃木たちもすばらしいと思いました。今の日本の政治家たちは国会の様子がテレビで放送されているにも関わらず、堂々と居眠りしています。まるであたりまえのように。今の政治家の方たちには大和魂が足りないと思います。日本の将来を担うという大切かつすばらしい仕事に誇りを持ち、日本をすばらしい国にしたいという気持ちが大切だと思います。

21 韓国併合
・なぜ一番ひどいことをしている李朝に文句を言わず、優しくしてあげた日本に猛反発するのでしょうか。日本に甘えすぎではと思いました。恩を仇で返すとはこのことだなあと思いました。

22 世界列強の一つになった日本
・私がほかの本で読んだときは、清→中華民国というふうに書いてあったので、実際は中国は分裂してばらばらになったと知ってとても驚きました。清の一部が中華民国となり、残りは別々です。


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プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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