年代の表し方

2時間目は毎年同じ問題から始めます。
「2013  25  癸巳  2673」  これは何でしょう?
答えは「今年」ですが、本校4年目にして初めて4つとも答えた生徒が現れました。

彼は自ら挙手してこう答えました。
「2013は西暦、25は平成25年、次は巳年(へびどし)、最後は、皇紀2673年です」
素晴らしい!ところで、皇紀って何ですか?
「初代の神武天皇が天皇になった年を1年として数える年代の表し方です」

むむ・・・。ひょっとしたら、私がきみに教えられることはないのかもしれませんねえ・・・。
「癸巳の、巳はわかりましたが、癸のとがわかりません」
(こういうところも、なかなか立派ですね。自分が何がわからないかがわかっています)

というわけで、今日は「年代の表し方と時代区分」を教えました。
西暦、年号(元号)、干支、皇紀、です。
そして、なぜ西暦を使うのか、なぜ日本独自の表し方も使うのかを考えてもらいました。


感想文です。

1 今回は暗号を解くことからやりました。
  それは上から西暦、年号、干支、皇紀を表していました。
  皇紀は何のことかさっぱりわかりませんでしたが、学習して神武天皇の即位年を紀元としたものだとわかりま した。
  また、干支は十二支とは違い、十干と十二支を組み合わせたものだとわかりました。干支は60通りあり、還 暦は1周したことを祝うものということを初めて知りました。
  これからも新たな発見をたくさんしていきたいと思います。

2 最初の問題が一番難しかったです。
  初めて干支と皇紀を知りました。
  2001年から21世紀なら、ぼくは2000年生まれなので20世紀(生まれ)最後の中学生です。とても 嬉しい気分になりました。
  調べたところ丙午は火災の多い年という迷信があり、江戸初期の八百屋お七の放火事件以後、丙午の年に生ま れた女性は夫を食うとか殺すとかいう迷信が生まれ、現在に至るまで統計的にも丙午の年には出生数が少ないそ うです。ちなみにぼくのお母さんも丙午です。
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歴史入門「ご先祖様の授業」



 これは拙著『学校でまなびたい歴史』(産経新聞社 2003)に発表した1本目の授業です。
 歴史を教える最初の時間にやります。
 長くて読みにくいとは思いますが、ぜひ読んでみて下さい。



歴史入門「歴史の中にはご先祖様が生きている」

◆授業づくりの話◆
 十数年も前になるが、ある教育研究会に参加したときのことだ。休憩中の雑談の中で先輩教師の一人からおもしろい話を聞いた。
「先祖の人数を計算していくと、とんでもないことが起きるんですよ。鎌倉時代の推定人口よりも、私一人の先祖の数の方が多くなってしまうんです。私たち日本人はみな千年もさかのぼればみな親戚だということなんでしょうね。」
 とくに歴史の授業をテーマにした会ではなかったので話はそれきりになり、すっかり忘れてしまっていた。その話が、数年前歴史入門の教材づくりで途方に暮れていた私に突然よみがえったのである。話の脈絡もそのときほかにどんな話があったかもまったく思い出せないのだが、前述した話の部分だけを思い出したのだ。
 そうだ、歴史とは先祖が歩いてきた道ではないか。そうとらえれば、たんなる物知りをつくるのではない、「国を愛する心情を育てる」歴史教育ができるのではないか。
 先祖の話を思い出しこれは教材になると直感したときには、この授業の構成はほとんどできあがっていたようなものだった。それが歴史入門の授業「歴史の中にはご先祖様が生きている」である。
 この授業を受けた児童は、その後の歴史学習の中で「この時代にも日本列島のどこかに私の先祖が暮らしていたんだな」「この人物の決断は、私の先祖の運命も変えたんだ」というようにとらえられるようになる。歴史上の人物や出来事を、まさに自分自身の遠い来歴として意識するようになるのである。
 それは、先人の働きや国の歩みを「わがこと」として学ぶ姿勢にほかならない。歴史が好きになり、たくさんの知識も身につけるが、それらは決して他人事の知識に終わらない。みないまここに生きている「私」自身のことなのだと、そう思えるようになるのである。子供たちのこの学ぶ姿勢こそが、私の歴史教育の原点である。
歴史の授業をすべて終えた後、子供たちは「日本の歴史を学んで」という感想文を書いた。次の掲げるのはその一部である。

■日本の歴史を学んでいろんな事がわかった。歴史を学ぶ前までは先祖の事なんて考えたこともなかったけど、先 祖のことを学んだ時とても感動した。勉強をして感動するなんてなんか不思議だった。

■私は日本の歴史を学んで、改めてご先祖の努力に感動した。そして、私達も愛国心を持ってこれからの時代を生 き、ご先祖のつくってきた日本という国をさらに発展させていく責任があると思った。さらに、ご先祖が夢見た 平和で豊かな国に住んでいる私達は、次は世界平和への道へと進んでいく必要もあると思った。

全68時間の学習を終えて、半年前の最初の授業を覚えていることもすばらしいが、最初に学んだことがその後の学習の中にも生き続けていたことがわかるのである。


◆授業の実際◆

1 歴史人物を何人知っていますか?
『今日から日本の歴史を勉強していきます。みなさんは日本の歴史の有名人で誰か知っていますか? 知っている名前を教えてください』
 この授業はいきなりこう問うことから始める。
 ほぼ全員の手が挙がるのをたしかめてから、座席の一列を一度に立たせ、前から一人ずつ言わせていく。
「徳川家康」「織田信長」「野口英世」「西郷隆盛」「卑弥呼」「明治天皇」「聖徳太子」「豊臣秀吉」・・・と、次々と答えが返ってくる。こうしておよそ二十人ほどの名前があがった。ここから先は数名の物知りの天下になる。なかにはマニアしか知らないような新撰組の隊士の名を上げ始める者もいる。これは後に新撰組マンガのファンであるとわかったが、ほどほどで切り上げて次に進もう。
『すばらしいね。まだ勉強していない人をよく知っていました。』
 こう言って、42人の人物が書かれた資料と、カード型の年表を黒板に貼る。
 カードは、およそ400年が一枚になる等尺年表である。色分けした「古墳・奈良」「平安」「鎌倉・室町・戦国・安土桃山」「江戸・明治・大正・昭和・平成」の4枚で、大まかにとらえれば、それぞれがおよそ400年(同じ長さになる)仕掛けである。
 わが国は、およそ400年間で古代日本を建設し、その後のおよそ千年で国家と文化の自己形成を成しとげ、最近の200年で近代国家を形成した。これが最も単純化した日本という国の物語であるが、この話はまた後にしよう。
 ここでは主な時代名を書いた年表のどこかに、先ほど子供たちが挙げた人物が位置づくことを示せればいい。
『国ができておよそ1600年です。卑弥呼はこの年表よりも少し前の時代、源頼朝は鎌倉時代・・・というように、歴史上の有名人はそれぞれが日本の歴史の上で大きな働きをしました。歴史の授業では、偉大な人物たちがやりとげた仕事や、その仕事をやりとげたときの心や考えを学んでいきます。出てくる主な人物は、みな日本の国づくりに大きな働きをしました。そのつながりの末に今の日本があります。そのおかげで、私たちがいま日本人として生きられるのですね。これらの人物の働きを通して、日本の国の歩みを学ぶのが今日から始まった歴史の勉強です。
 今日は、歴史を学ぶ心構えをつくる大事な学習です。この授業が終わったとき、みなさんが、なるほどそうかと歴史の勉強にやる気を出してくれるとうれしいです』

2 系図という史料がある
『まずこれを見てください』
黒板に下の資料を貼る。ただし左図の曾祖父の世代の部分は裏に折り返して、しばらく見せないでおく。

系図1

『さて、これは歴史の勉強によく出てくる資料ですが、この資料のことをふつう何といいますか?』
「系図です」
 正解であるとほめて、「系図」と黒板に書く。重ねて次のように問う。
『この系図からわかることを教えてください』
 系図と知っていた子供は数名にすぎないが、この問いには多くの手があがった。それを何とよぶかは知らなくても、図が表している情報は誰にでも理解できるからである。
「齋藤先生の系図です」
「お父さんと、お母さんの名前がわかります」
『そうです、父は元次、母は恒子といいます』
「先生は、元次さんと恒子さん夫婦の子供だということもわかります」
「おじいちゃんやおばあちゃんの名前もわかります」
「親子関係のつながりがわかります」
『はい。そういう親子関係のつながりを表しているのですね。それが系図というものです』
歴史の勉強には、有名な歴史上の人物の系図が出てきます。聖徳太子の系図とか、徳川将軍の系図とか、天皇陛下の系図などです。この齋藤先生の系図は祖父母、父母、私、と三代の血のつながりが表されていますが、いろいろな歴史上有名な人物の系図もこれからの授業の中で見せていきますから、楽しみにしてください。

3 自分の系図を書いてみましょう
 系図とは何かがわかったところで、今度は簡単な作業をさせることにしよう。前掲の系図の四角の中が白紙になったプリントを子供たちに配って次のように言う。

系図2

『こんどは、みなさんが自分の系図を書く番です。まず、プリントの一番下の四角に、自分の名前を書きなさい』
 系図を知らなかった子も、系図は歴史上の有名人のものだと思っていた子も、齋藤先生に系図があるなら私にもあるとわかったはずである。それぞれが自分の名前を書き終わったところで、いったん鉛筆を置かせてから次の指示を出す。
『みなさんも将来は偉大な人物になるかもしれません。自分の系図を書いてみましょう。まず、お父さんとお母さんの名前を、次におじいちゃんとおばあちゃんの名前を四角の中に書きなさい』
 子供たちはさっと鉛筆を動かし始める。しかし、すぐにざわめきが起きてくる。父母の名前は全員が書けるのだが、ほとんどが4人の祖父母の名前すべては書けないからである。
 祖父母と同居している児童は少ない。祖父母の家が遠くて年に何回も会えない家庭が多い。またすでに亡くなられていて接したことのない祖父母もある。いや何よりも、彼らにとって祖父母は「おじいちゃん」「おばあちゃん」なのである。
『自分の系図を書いてみて、どんな感想を持ちましたか?』
「お父さんやお母さんを生んでくれた人なのに、その人の名前を知らないことに気がつきました」
「なんだか、もうしわけないというか、そんな気持ちになりました」
「家に帰ったら、名前を聞いて系図を完成したいです」
 そうですね。ぜひ自分の系図をたしかめてみてください。でも、みなさんがおじいちゃんとおばあちゃんの名前を知らないことはそれほど恥ずかしいことではありませんよ。親しみをこめて、ふだんはそう呼んでいるんですからね。でもこれを機会にお名前を書けるようにするのはとてもいいことです。そのプリントはいったん家に持ち帰って、お父さんやお母さんに聞いて完成させることにしましょう。
 みなさんの中には、将来日本の歴史に名前が残る人もいるかもしれません。もしそうなったら、未来の子供たちがその系図でみなさんのことを勉強することになるでしょう。
 こう話して、黒板に掲示した私の系図の、もう一代前を示す。
 8人いる曾祖父母の名前の一部は「?」にしてある。先生も、ひいおじいちゃんや、ひいおばあちゃんの名前は、もう全部はわかりません。それがふつうの家だと思います。もしかしたら、このクラスにはもっともっと前の先祖までわかる人がいるかも知れません。もし、わかるようだったら調べてみてください。
こうして子供たちは系図とは何かを理解した。人物と人物をつなぐ線がある。横線は夫婦関係を、縦線は親子関係という血のつながりを表すこと。また、どんな人にも先祖=子孫のつながりがあり、たとえまだ書かれていないにせよ自分の系図があることを理解した。それは、子供たち一人一人が「私にもたくさん先祖がいるらしい」と初めて気がついたということなのである。
 ここまでの作業で、子供たちは祖父母の向こうに曾祖父母が、その向こうにそのまた両親が・・・・というふうに、どこまでも続いているに違いない先祖のつながりに気づき始めている。さらにまた、自分たちが生むことになるだろう子や、孫のこと。つまり、自分たちもまた未来の子孫から見れば、先祖の一人になるのだと気づいた子もいる。
こうして、子供たちは「歴史とは何か」の入り口に立つことができた。いよいよこの授業の核心にたどり着いたのである。

4 私のご先祖様は何人いるのだろう?
『さて、みなさんに聞きたいことがあります。その系図で、名前はわからないところもあるけれど、おじいちゃんが2人、おばあちゃんが2人で、合わせて4人いることがわかりましたね』
「はい」
『では、おじいちゃんとおばあちゃんを生んだ両親は、全部で何人いますか?』
「8人です」
『その両親は全部で何人いますか?』
「16人です」
『その両親は?』
「32人です」
『その通りです。系図を一代さかのぼると、みなさんのご先祖様はどのようにふえていきますか?』
「はい、2倍ずつふえていきます」
「かける2をすれば人数がわかります」
『では聞きます。みなさんそれぞれのご先祖様は、全部でいったい何人いるのですか?』
「無限にいると思います」
「数え切れないくらいたくさんのご先祖様がいます」
「ものすごいたくさんの数です」
 子供たちは口々にそう答える。しかし、ここでかんじんなことを問わなくてはならない。わかっていることを論理的な言葉にして確かめておくのである。
『みんなが同じことを考えています。先祖は数え切れないくらいたくさんいるだろうと。本当ですか? どうしてそうだとはっきり言えるのですか?』
 しばらく間があって、数人の手が挙がる。
「両親がいなければ、子供は生まれないから、先祖は2倍2倍にどんどんふえていくからです」
「昔のどこかでご先祖様が一人でもいなかったら、私はいなかったかもしれないからです。もっと昔にもご先祖がいると思います」
「日本は、縄文時代とか、そこ(黒板のカード年表のこと)にない大昔まであるから、(先祖は)どんどんふえていくからです」

5 歴史の中には、たくさんのご先祖様が生きていた
『そうです。たいへんよく考えましたね。これから勉強していく歴史の中には、どの時代にもみなさんのご先祖様がいます。確かめることはできないし、これが先祖だという証拠もないけれども、もし大昔のその先までもご先祖様がいなければ、私たちはいまここにはいられないはずだからです。ただ、なんとなくたくさんいたとか、数えきれないくらいいたというのでは、私は少し落ち着きません。そこで、実際には何人ぐらいいたのかを計算してみることにしました。その資料を配りますから見てください』
 こう言って次の資料を配布し、子供たちとやりとりしながら、それを説明していった。
一世代をおよそ30年間としよう。親が30歳で子供が生まれたと考えてみるのである。そして、いまから30年前に子供たちの両親が生まれたとする。
 こうして、ひとりの「私」の先祖の数を計算してみたのがこの資料である(実際はもう1ページさかのぼる)。

先祖の数

 どんなことがわかるか、詳しく見ていくことにしよう。
 みなさんの祖父母4人が生まれたのは、今からおよそ六十年前だ。日本がアメリカなどを相手に戦った戦争が終わる頃だろう。そのころ、日本列島のどこかにみなさんの祖父母4人が生まれていると考えよう。
 8人の曾祖父母は今からおよ90年前、明治時代が終わり大正時代が始まった頃に生まれている。日本がロシアとの大戦争に勝って世界の大国にまで発展した時代だ。
 ここで、そのころ「東郷平八郎や小村寿太郎が活躍していました」と、二人の肖像写真を見せておこう。8人のご先祖は、この人たちと同じ時代にこの日本のどこかで生きていたのです。
このように、歴史人物の写真や肖像画をフラッシュカードのように見せていくといい。これから教わる偉人たちと一緒に、自分たちの先祖も生きていたのだなという思いを強くするからである。
 では、二倍計算をさらに3回繰り返してみよう。180年前は64人だ。それは日本列島の周辺にロシアやフランスの船が出没して、江戸の長い泰平の世が脅かされ始めた頃のことだ。
 こんどは、そのさらに240年前を見てみよう。ちょうど織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という、子供たちもよく知っている武将たちが活躍していた時代である。64人に、2倍を8回くりかえせばいい。すると、今から420年前の西暦1580年頃には、私たち一人一人の先祖が、なんと1万6384一も生きていた計算になってしまう。
 子供たちはこの計算に大変興味を持った。自分たちが先ほど説明した「たくさん」が具体的な数字になって示されていくのである。そしてどんどん増え続けるご先祖の数に驚き、しだいに興奮していくのがわかる。こうして、自分の先祖の誰かが、たしかに歴史上の人物と同じ時代の日本に生きていたはずだということを実感していくのである。
 しかし、読者はもうお気づきだろう。そんなバカな数字はないだろうと。
 その通りである。これらは実際にはあり得ない数字なのである。


6 不思議なことがある
『こうして源頼朝が鎌倉に幕府を開いた頃、いまから千年も前には、計算の上では、みなさん一人一人のご先祖が、なんと・・・1億3421万7728人いたことになってしまいます。しかし、こんなことがあり得るのでしょうか? 次の資料を見てください』

日本の人口推移

 これは歴史人口学による推計データである。この資料を見せることはたいへん重要だ。なぜなら、国の人口は過去にさかのぼるほど少ないという史実を示すことだからだ。
このグラフから、日本の人口の移り変わりを読みとっていくのである。
 およそ二千年前、日本が水田で米作りを始めた頃だが、人口はおよそ60万人に過ぎなかったと推定されていることがわかる。現在のさいたま市の人口よりも少ない。
およそ千年前、源頼朝の時代は700万人くらいだったと考えられている。
およそ400年前、江戸時代が始まった頃は1300万人ぐらいだった。
およそ150年前、明治時代が始まった頃は3500万人だったらしい。
 明治時代以後は政府が人口調査を正確にやるようになったので、かなり実態がわかってくる。明治・大正・昭和・平成のおよそ百数十年が、歴史上空前の人口急増時代だったのである。そして、日本の人口が1億人を超えたのは、わずか30年くらい前だということもわかってくる。
『これが事実です。歴史の実際はとても少ないご先祖から少しずつ子孫が増えていって、とくに最近の百年間で急激に増えて今の日本があるのです。そうして、いま日本には1億2000万人以上の子孫が住んでいます。人口は時代が進むほど増えてきたことが、この資料からわかります。それが歴史の真実です。
 だから、ご先祖をさかのぼればさかのぼるほど、その時代の日本人はどんどん少なくなっていくのだと考えなくてはなりません。
 では、私たちが今日考えたことはまちがいだったのでしょうか?
 私はそれももうひとつの真実だと思います。なぜなら、両親がいなければ子供は生まれないからです。どの時代にも、みなさんや私の先祖が、この日本で暮らしていたことはまちがいありません。
 両方真実だとしたら、これをどう説明すればいいのでしょうか。私は、この不思議を大学の先生にたずねてみました。教えていただいたことをみなさんにも教えましょう』

★江戸時代以前は、いまのようにふつうの庶民は自由に住むところを変えない。同じ村やせいぜい隣村の男女が結婚して子供が生まれるという村の暮らしが長く続いた。今ではあまりないが昔は、いとこどうしなど親戚だとわかっている男女が結婚する場合も多かった。そういう村では、村人全員が遠い親戚になってしまう。例えば、お父さんとお母さんの先祖が同じだったら、さっきの二倍計算はできないことになる。このように、時代をさかのぼればさかのぼるほど先祖が重なる場合が多くなるので、実際の先祖の人数は計算のようには増えてはいかないのだ。これが、実際は少数の同じ祖先から現在の多数の子孫が生み出された理由だと考えられるのである。
 弥生時代くらいまでさかのぼれば、日本人の多くは同じ先祖にいきついてしまうことが考えられる。60万人が、およそ2000年後に1億人以上の子孫を生み出す先祖になるからだ。日本は島国で、大規模な人口移動(外国からの大量の人口流入)もなく、国が滅びるということもなかった国だから、弥生時代にも私たちの先祖がいたと信じられる世界でもめずらしい国なのだ。私たち日本人は、みな遠い遠い親戚だといってもいいのかもしれない。

『こういうことだそうです。先祖が重なっているので、実際の人数は計算のようにはいかかないということです。ご先祖の実際の数は時代をさかのぼるほどかえって少なくなるのですが、みなさんのたくさんのご先祖様の誰かが、必ずどの時代の日本もいたことだけは間違いがありません。ここが大切なところです。どの時代にも必ずいた2000年間の先祖を全部合わせれば、やはり「数え切れないほどたくさんいる」と言ってもまちがいではないでしょうね』

7 命のバトン
『この授業をつくったのは四年ほど前のことですが、つい最近私と同じアイディアを詩に書いている人を見つけてとても感動しました。最後にそれを読むことにしましょう』
拡大コピーした次の詩を黒板に貼った。

File0119.jpg

『相田みつをさんという詩人の作品です。読んでみましょう』
 子供たちは五年生の頃から、いくつもの詩や短歌・俳句や古典の名文などを暗唱してきているので、さっと読む姿勢になっている。そして、声をそろえて、リズミカルにこの詩を朗読した。「過去無量」さえわかれば、詩の解釈はかくべつの説明もいらない。
この詩は、今日の授業のテーマをたいへんわかりやすく感動的にうたいあげてくれている。そして、日本の歴史の最先端に生きる子供たちに、「自分の番」という重要なメッセージを伝えてくれたのである。
 おかげで、授業のしめくくりがたいへん印象深いものになった。

 さて、この授業は教師のお話で終わる。バトンは命のつながりだけではないからである。もう一度、冒頭の年表にもどって「国の歩み」と「ご先祖様」をつなげておくことにしよう。
『では、まとめましょう。まず今日心にとめておきたいいちばん重要なことは、これから勉強するどの時代にも、みなさんのご先祖様が生きていたのだということです。歴史を学ぶということは、何かよそごとの知識ではありません。私たち自身のたくさんのご先祖様が歩んできた、その道を、その歩みを学ぶことなのです。
 これから、歴史上の有名人42人について学ぶのは、彼らが日本のために大きな仕事をして、日本という国の運命と大きく関わっていたからです。その人物を学べば日本の歩みがわかるからです。
 しかし、歴史上有名な人物だけでは日本という国は生まれません。ここまでバトンは受けつがれてきません。この日本の過去を生きてくれた数え切れないくらいの日本人がいて、彼らが歴史上の有名人たちと共に歩んだからこの日本があるのです。
 「歴史上の有名人」と「私たちのご先祖様」がいっしょになって日本を守り育ててきた。
 それは「国づくりのバトン」です。
 「国づくりのバトン」が受けつがれてきたおかげで今の日本があるといえます。
 そのおかげでいま私たちがこうして生きられる。
 そういう感謝の気持ちで歴史を勉強することが大切です。歴史はまさに「日本人である私たち自身」についてのお話なのです。
 明日から始まる日本の歴史の勉強が終わったとき、命のバトンだけでなく、日本という国の、歴史のバトンも受け継ごうという気持ちになれるといいですね』


◆子供たちが学んだこと◆ 
 学習を終えた子供たちは、次のような感想文を書いた。最後に、子供たちの心にどんなドラマが起こったのかをごらんいただくことにしよう。

■私は今まで先祖のことを考えたことなどありませんでした。先祖のうちだれか一人がいないと、私はいないのでびっくりしました。自分の先祖が信じられないくらいの人数になることにもおどろきました。それから子孫を残すのも大切だなと思いました。
これからしっかり歴史を勉強していきたいです。
■ご先祖を系図で表したとき、お父さんのお父さんとお母さん、お母さんのお父さんお母さん・・・という感じで先祖がふえていくのがすごくうれしかったです。だってこの人たちが一人でも欠けたら、いまの私はいなかったかもしれないから。でも、本当に先祖はすごいと思う。私たちのような大勢の子孫を残して、自分の一生を終わらせたのだから。だから、私も自分の子孫に感謝されるような先祖になりたいです。
■ぼくはご先祖に感謝しなくてはならないと思った。なぜか。ご先祖がいたから今がある。ご先祖がいたからぼくがいるからです。ぼくは感謝しながらご先祖の時代を覚えて、そして、大人になったら自分の子どもに教えてやる。子どもに正確に教えるために、これから歴史のことをまじめに勉強することにした。
■すごくビックリしました。ぼく一人の先祖だけで、昔の人口よりも多くなったからです。でも、先生が昔に行くほど生きてた時がずれたり、同じ人がだぶったりしたんじゃないかと言ったからなっとくしました。日本はとても歴史のある国だと思いました。
■ぼくの先祖がたくさんいることがわかってとてもびっくりした。もしかしたら、歴史の事件とかにかかわったのかなと思うと、とてもわくわくしてきた。歴史が好きになりそうだ。
■ぼくは日本の歴史がずっととぎれずに残っているなんてすごいなと思った。日本の歴史が残っているということは、ぼくたちの先祖がずっと生きているということなので、とてもすばらしいことだ。これから、ご先祖さまのことを思いながら、がんばって勉強したいと思います。

プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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