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神話の授業

神話の授業「日本の神様と皇室の物語」強調文は2時間構成です。
1時間目は日本を守る国民会議の「スサノオ」というアニメを観て感想を書きます。
2時間目は「天地初発時」から「神武東征・初代天皇ご即位」までを大急ぎで物語り、イザナキの尊・イザナミの尊からニニギの尊、カムヤマトイワレビコの尊までの主な神様の名を覚えます。

今日は1組に「スサノオ」を見せました。
これまで以上に激しい反応で生徒たちは神話が大好きになったと言いました。
今上天皇陛下は神武天皇から数えて125代目だと教えるとしきりに感心しておりました。
では、感想文を4つ。

*最初はみんなに悪いことばかりしていたのに、最後にはりっぱな神様になったのは、とても驚いたし、素晴らしいと思いました。
神様は何人いるのでしょうか?愛の神、金の神、健康の神、緑の神、足の神・・・。
私はすごい数の神様がいるのではないかと思いました。
神はどうして生まれたのでしょうか?
私の推理では、人間を見守り、良いことをしたらほほえみ、悪いことをしたらばつを与えると思います。私も何度か経験したことがあります。
悪いことをするとやっぱりばちがあたります。ぶつけたり、すっころんだり。ああ・・・神様は怒ってるんだなって反省します。良いことをたくさんすると、いいことがたくさん返ってきます。神様はいつも見守ってくださっています。
いま私はここにいるのです。神様に感謝したいです。

*このビデオは荒々しい性格のスサノオが、生まれた土地を追放されたり、追放された後の土地で八つの首を持つ竜を倒し、櫛稲田姫を助けたりして、誠実な人間に成長していく物語でした。私もこのスサノオのようなりっぱな人間に成長できるように、たくさんの経験をしていきたいと思いました。

*スサノオの性格が悪かったので、どういう教育をされているのかと思ったら「母親が死んで・・・」と言っていたので納得しました。日本列島が海のしずくでできたと聞き、だから日本列島のまわりは海なんだなと思いました。ヤマタノオロチ退治のために、娘をスサノオにあげた両親は、元は悪い性格だと知らないのだなと思いました。アマテラスはどうして岩から出てこないのかと思いました。スサノオは自分が悪かったと反省したのに、いちばんきつい黄泉の国には行かずに、根の国に行ったのかなあと思いました。・・・

*イザナキとイザナミがドロドロしたマグマを槍で海にし、その上に日本列島ができました。このお話は初めて知りました。私は神話などの非現実的な話が好きなので、このビデオが楽しかったです。スサノオの尊が改心して優しくなり、皆から好かれるようになってよかったです。八岐大蛇の話は本で読んだことがありました。

最後に、69年前に日本はアメリカとの戦争で負けて占領されてから、日本の学校では神話を教えられなくなっていました。が、この自由社の『新しい歴史教科書』では4ページも使って教えてもらえるようになりました。よかったね。
神話は日本人の魂の原点ですから、しっかり学んで誇り高い日本人になりましょう・・・というお話をしました。1年生はまだその意味を知らず神妙な顔で聞きました。来年この子たちに大東亜戦争が教えられないことに気づいて、少しさみしくなりました。
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古墳時代2「神話の中の日本建国」

古墳時代2「神話の中の日本建国」
●神話とよばれる物語は「歴史」ではありませんが、古代の人々が祖国の由来を神話として伝承し、それらの神々の実在を信じていたという事実は、「歴史」です。
神話を近代的な意味で「創作(うそ)」であると教えるのは正しくありません。 
 数百年あるいは数千年の長い時を経て伝承され続けた物語は、古代の人々の心にとってまさしく「ほんとう」のことでした。それが文字以前の口承の物語の「いのち」です。
 また、神話にはわが国が生まれてくるまでの史実を何らかの形で反映しています。たとえば三種の神器がそうですね。
 この授業のねらいは、古代人がそう信じていた建国の物語を共感的に理解すること、また、建国神話を日本国民の常識として再びよみがえらせることにあります。


1 神話の中の日本建国
『前の時間に、日本列島が大和朝廷によって統一され、今に続く日本という国がつくられたことを学びました。この日本建国の物語は、それから400年ほど後(8世紀)につくられた歴史の本に書かれています。この本の名前を知っていますか?』

・「古事記」
・「日本書紀」

『その通りです。これらの本は、後半は実際にあった歴史が書かれていますが、前半は神さまの話です。
それを神話といいます。
「古事記」や「日本書紀」は、長い間、文字なしで言い伝えられていた日本建国の物語を、中国から伝わってきた文字(漢字)を使って書かれたものです。
今日は、神話に書かれた日本建国のお話を勉強しましょう』

●こう言って、
ビデオ「スサノオ」(24分)を視聴します。
(制作:忠地うた子、株式会社 光映、   取扱い:日本を守る国民会議)
File0150.jpg

●別案として、出雲井晶『母とこにおくる 教科書が教えない 日本の神話』(産経新聞社)をもとに作った紙芝居を使うこともあります。出雲井さんお挿絵がすばらしいです。
File0151.jpg
File0152.jpg


2 お話をまとめてみる
●お話しをノートにまとめます。

1 イザナギ・イザナミが日本列島、海の神・山の神などの自然の神々を生んだ。天照大神・スサノオノミコトを生んだ。
2 天照大神は子孫のニニギノミコトに日本(葦原中つ国)を治めることを命じた。 
「日の神の子孫であるおまえが治めれば、日本は永遠に栄えるだろう」
3 オオクニヌシノミコト(スサノオノミコトの子孫)は、ニニギノミコトに国をゆずった。
4 ニニギノミコトの子孫である神武天皇が、初代の天皇となって日本を建国した。

●プリント資料は下の通りです。


神話の中の「日本建国」
■奈良時代(8世紀はじめ)にまとめられた『古事記』や『日本書紀』に書かれている日本建国の物語があります。これは「神話」といって、文字のない長い時代の中で当時の人々が語り伝えてきた「お話」です。大和朝廷の大王や豪族たちが国の始まりをどのように言い伝えていたかがわかります。

【神々の子孫として言い伝えられた天皇】
1 イザナキ、イザナミの二神が日本列島や、海の神、山の神などの自然の神々を生む。人々は自然のすべてに神があると信じていた。
2 イザナキ(イザナミ)が、天照大神、スサノオノミコトを生む。
3 天照大神=高天原(天)を治める。スサノオ=根の国(地下)を治める。オオクニヌシノミコト(スサノオの子孫)=葦原中つ国(地上)を治める。
4 天照大神は自分の子孫であるニニギノミコトに三種の神器(ヤサカニのまが玉、ヤタの鏡、草なぎの剣)を持たせて、葦原中つ国(地上の日本)を治めることを命じた。
「日本は日の神の子孫が代々平和に治めていくのがよい。そうすれば永遠に栄えていくだろう。そのためにまずおまえが高天原から地上に降りて、そこを治めなさい。」(天壌無窮の神勅)
5 オオクニヌシノミコトは、ニニギノミコトに国をゆずった。
6 ニニギノミコトの子孫である神日本磐余彦尊(神武天皇)が初代の天皇 となり日本を建国した。
7 それからずっと、日本は天照大神の子孫が天皇として国を守ってきた。

【神武天皇の日本建国物語】
 天照大神の子孫である神日本磐余彦尊(のちに神武天皇とよばれる)は、45歳の時、日向(宮崎県)の高千穂から政治の中心を東に移そうと決心し、軍をひきいて瀬戸内海を進んだ。
 まず大阪湾から上陸しようとしたがナガスネヒコの反抗にあい、兄の一人が戦死してしまった。
 日の神の子孫なのに、太陽に向かって戦ったのがまちがいだったと気づき、熊野(和歌山県)から再上陸して、大和をめざした。けわしい山道を迷いながら進んでいると、天照大神のお告げがあり、頭の大きいヤタガラスが道案内をしてくれた。
 神日本磐余彦尊は、各地の豪族を服従させながら進んだ。再びナガスネヒコがはげしく戦いをしかけてきた。冷たい雨が降り、戦いが困難をきわめたちょうどそのとき、どこからか金色に輝く一羽のトビが飛んできて尊の弓にとまった。トビはいなづまのように光って敵の軍隊の目をくらました。
 こうして勝利した尊は大和の国を平定して、大和の樫原の地で初代天皇の位についた。
 これが今に続く日本の国の始まりである。


●これが奈良時代の日本人が信じていた日本建国の物語です。

3 神様なしでは生きられなかったご先祖様といまの私たち
『歴史の中にはたくさんの神々がいます。人間は神さまの助けをかりて生き、国づくりをしてきました。今の人は医学が発達し、科学が進歩して、神さまなしでも生きられるように感じていますが、江戸時代くらいまでは神さまを信じることなくして人間の生活も国づくりもありませんでした。
 日本には縄文時代からたくさんの神さまがいました。
・皇室の祖先といわれる神々(神社にまつられている)
・自然の神々、家の神々、仕事の神々など()
・私たちの先祖、英霊、偉大な歴史人物など(亡くなった人が神になる) 
『私は毎年大宮の氷川神社に行って、新年のお詣りをします。家族の一年が平安であるようにと祈ります。氷川神社にまつられているのは何という神さまでしょうか?』

「スサノオ」

『その通りです。現代の日本人も、天皇陛下も、毎年新年には日本の大昔からの神々、日本建国に連なる神々に祈っています。みなさんは、今日学んだ神々のお名前、イザナキ・イザナミ・天照大神・スサノオの命そして、建国の天皇である神武天皇など、日本人の常識としてぜひ覚えてください。』

古墳時代1「大和朝廷の日本建国」

古墳時代1「大和朝廷による日本建国」
●前方後円墳の分布や、鉄剣の文字などから、4世紀頃にはわが国が大和朝廷によって統一されていたことを学びます。
これを、わが国の建国としっかり教えましょう。単なる「統一」では感動がありません。
これは日本列島のほとんどの地域が、今日の日本ににまっすぐつながる一つの国家にまとまった、その始原なのです。
ただし「皇室による建国」(大和朝廷の成立)は当然もっと古く、次の時間に教える「神話の中の日本建国」はこの後者の建国を意味します(2~3世紀か)。
いずれにせよ、この国はまだ「日本」ではないなどと茶々を入れるのではなく、やがて国号「日本」を名のることになるわが国、今日まで一貫した連続性のあるわが国が誕生したことを心から感謝感激できるような授業でありたいものです。


1 「前方後円墳」のイメージをつかむ
(1)写真「大仙古墳(仁徳天皇稜)現在の様子」を見る
仁徳天皇陵


『これは何でしょう?』
・古墳、王の墓・・・・
『日本列島に古墳がたくさん造られた時代をなんと言うでしょう』
・古墳時代
『このような形の古墳を前方後円墳といいます。このこの形は日本独自のデザインである。○か×か?』
・正解は○です。
『この大山古墳は世界一大きいお墓である。○か×か?』
・正解は○です(面積では個人墓の世界一)。
【資料】仁徳陵古墳と巨大建造物、大きさ比べ
仁徳天皇陵

【板書】
 ・古墳=王の墓
 ・3~6世紀・・・古墳時代(4世紀が中心)、古墳文化
・日本独自の前方後円墳・・・世界最大の仁徳陵古墳(4世紀)
               縦486m、横305m、高さ35m。

【解説】文明の始まりに人間は巨大なモニュメントをつくった。私たちの祖先もまたエジプトやシナの先祖と同じように巨大な墳墓をつくりました。この小さな列島の祖先が遺したその「巨大さ」が、まさに超世界レベルであったことをしっかりと教えましょう。それは誇らしいことではありませんか。

(2)図「古墳作り様子」を見る
古墳造営図

当時の推定人口は列島全体で500万人程度、大和や河内の巨大古墳はのべ600万人が10年以上かかって作ったと考えられている。
わたしたちの先祖はどんな思いでこの墓を作ったのでしょうか?

  A 支配者に無理やり作らされた。苦しみばかりだった。
  B 王への感謝と祈りからすすんでつくった。喜びがあった。

【解説】この発問をすると、学級は半々か、Bが多い結果になります。それぞれ理由を言わせて「なるほどそうだね」と認め、両方の見方があり得るとしておきます。
 これまで多くの先生方が、古墳は非道な支配者がいやがる民衆を鞭で追い立てて、無理やり作らせた話で教えてきました。
つまりAしか教えなかったのです。
しかし、この物語を私は疑っています。
あの巨大な事業が、当時の技術力と生産力で、強制のみによって出来るとはどうしても思えないからです。
私は、民衆の偉大な王への深い感謝と祈りによってしか成り立たない「巨大さ」であると考えています。
そうとらえるほうが日本人の人間観にふさわしいと考えています。
そこで、この発問を構想しました。児童はBの見方を初めて知るかもしれません。とても大事なところです。
うれしいことに、最近の研究によれば、エジプトのピラミッドも前の鞭の理論では説明できなくなりました。
Aを当たり前だとして、それしか教えないのは、たいへん貧しい人間観(非教育的な)だと思います。

(3)写真「今城塚古墳の円筒埴輪」を見る
円筒埴輪

『円筒埴輪のほかにも当時の様子がしのばれるたくさんの形象埴輪がつくられました。
躍る埴輪
埴輪琴を弾く男子
笑う埴輪


これが出てくるので、今までの時代よりもくわしく生活の様子を知ることができます。展示しますから、これは後でゆっくり見てください。人物埴輪の表情には、古墳をつくった庶民たちの気持ちが表れていると言われています』

【解説】埴輪の素朴な微笑み、笑いは、前述のBの人間観を裏づけているように思われます。

鏡や剣などの副葬品についても触れる。

 写真「五色塚古墳」を見る
五色塚古墳

『これが古墳時代の人々が見ていた実際の古墳です』
・緑の風景の中に、銀色に輝く巨大な人工物、海からもよく見えた。
『倭の国が大きな力をつけ、発展していることが外国から来た人にもわかったでしょう。古墳は王様への感謝や祈りであると共に、発展する国の力を表す物でもありました』
【板書】巨大な人工物→王の偉大な力、倭国の発展を外国に示す。

【解説】私はかなり大人になるまで、古墳というは出来たときから緑の山だったんだと思っていました。私だけかもしれませんが、実は、当時としては超ハイテクな、それまでの風景とは異質な人工物だったのだといイメージをしっかり持たせます。それは歴史が新しい段階に進む象徴でした。

2 日本独自の前方後円墳の分布から国土の統一を知る

資料「前方後円墳の分布」を見る
前方後円墳の分布

★以下の説明をしてから発問する。
・前方後円墳が九州から東北まで全国で作られた。
・巨大古墳は大和(奈良)と河内(大阪)に集中している
  ・前方後円墳は3世紀末頃まず大和(奈良)でつくられた。

このことから、歴史学者は日本に起こった大変大きな変化を推理しました。
ズバリそれは何でしょうか?

・たくさんあったクニがひとつに統一された。
・大和朝廷が日本を統一した。
『最初に奈良につくられた日本独自の前方後円墳が全国に広まっていった。しかも最大の古墳群は大和にあることから、このころ大和朝廷が日本を統一したと考えられています。それは、いまにつながる日本の誕生、日本建国ですね』

【板書】
 大和(河内)にあった大和朝廷(大王)が日本を統一し、
 いまの日本国のもとになる国が建国された。・・・日本建国
   大王(おおきみ)=天皇

『「大王」は「おおきみ」と読み、後の「天皇」のことです。大王(奈良)が日本を一つにまとめたことを示す証拠は他にもいろいろありますが、ここでは2つ見ておきましょう』

・資料「倭王武の上表文」を読む


倭王武の手紙(5世紀)
■最大の古墳が大和地方につくられていたころ、倭王武が中国(宋)の皇帝に送った手紙が、昔の中国の歴史の本『宋書』に書かれています。

昔から、私の祖先は国を一つにまとめるために、みずからヨロイとカブトをつけて、山や川をかけめぐり、東の55カ国、西の66カ国、そして海を越えて北に進み、朝鮮半島の 95カ国をまとめました。
そのため、国王としての力は安定し、国はよくおさまっています。
                                   (5世紀後半=478年)


『この歴史書から、大和朝廷の大王「武(雄略天皇)」が、5世紀には日本を統一していたことがわかります。ちょうど巨大な前方後円墳がつくられていたころです。さっきの推測を裏づける重要な証言ですね』

「鉄剣の銘文」を読む
写真「稲荷山古墳の鉄剣」
稲荷山古墳鉄剣



稲荷山古墳の鉄剣に書かれた言葉(5世紀ごろ)

 この刀はオワケ王がつくらせた物だ。オワケ王の家は代々、大王の宮殿を守る兵士たちのリーダーとして大王につかえてきた。
 ワカタケル大王の朝廷(当時の政府のこと)がシキにあったときも自分たちオワケの家の者は、大王が天下(国)を治めるのをお助けしてきた。
それを記念して、長く伝えるためにこの刀をつくらせたのである。


●ワカタケルは倭王武(雄略天皇)のこと。このころ埼玉県の行田市あたりにあった国の王(オワケ)の家が、大和朝廷の大王につかえていたことがわかる。漢字も使われていたことがわかる。

・資料からわかることをまとめる。

【板書】
★前方後円墳の広がりと武の手紙からわかること
 ・大王(大和朝廷)が九州から東北の豪族たちを統一した
★鉄剣銘文からわかること
 ・ワカタケル大王=武は行田のオワケ王を支配していた。
★両方とも、4~5世紀頃のこと


3 大和朝廷による日本建国(ただし国号はまだ「日本」ではない)
●以上のことから、わが国は、4から5世紀頃、大和朝廷によって統一され、今につながる日本の国ができたと考えられる。これを「建国」という。

日本を統一した大王は、今の日本にいるある人のご先祖様だとわかっています。
 1600年も前の祖先がわかっていて系図があるなんて、世界中探してもこの人
 だけです。ものすごいことですが、さてその人は誰でしょう?

 ・今上天皇である。
今上陛下

【板書】
●4世紀頃、わが国(日本)が建国されたと考えられる。
 ・日本を一つにまとめた人・・・大王(今上陛下のご先祖)
 ・日本を一つにまとめた政府・・・・・大和朝廷

【解説】ここで天皇陛下に登場していただくことによって、歴史とは今の私たちにつながる先祖の歩みであるという尊い一貫性が直感されます。
天皇陛下には125代の系図が残っています。
私たちに系図は残っていないけれども、今上天皇がいらっしゃることによって、この古墳時代にも私たちの先祖がたしかに生きていて、同じ日本列島のどこかで、ワカタケル大王らと運命を共にしていたということがわかります。
日本の歴史を教えるということは、つきつめれば「天皇の国の歴史」を教えることではないかと考えています。
また、このことは歴史を「わがこと」として学ぶということと一体であると考えています。


4 まとめ
日本という名前はまだないが、いまにつながる日本がこの時代に始まったことはまちがいありません。
これを日本建国といってよいでしょう。
古墳だけではなかなか日付までは決められませんが、幸い、私たちの先祖は『日本書紀』という歴史書を遺してくれました。
そこには神武天皇(神話の人物)が初代天皇に即位されて日本を建国した日が書かれています。
それにもとづいて、わが国は2月11日を建国記念の日として、いまもお祝いしています。
私は、毎年2月11日には、玄関に国旗日の丸を揚げて、国の始まりを感謝の気持ちをこめてお祝いしています。
(ここで祝祭日には国旗を掲げるのが日本人の常識であることを教えましょう!)
みなさんも自分の国の始まりに感謝できる人になってください。おかげでいまの日本があるのですから。

次回は、今日学んだ日本建国が神話によってどう物語られているかを学ぶことにしましょう。

プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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