昭和の戦争ノート18

秦郁彦『陰謀史観』(新潮選書)を読みました。

秦さんは、自由主義史観研究会が立ち上がったころに、
たいへんお世話になった方です。
当時の主要な問題点だった「従軍慰安婦」について、
歴史の事実をていねいに教えていただきました。

本書のねらいは、東京裁判史観・自虐史観という最大の陰謀史観は批判しないで、
戦後日本の歴史の見方を批判的に検討し、
愛国心を育てようとしている私たち(秦氏の言う「修正主義者」)の立場を、
「陰謀史観」というレッテルを貼って葬り去ることにあるようです。

共産主義が国家社会主義を生み出し、
20世紀の歴史に多大な影響を与えたという事実さえ、
「陰謀史観」として切り捨て、
反ユダヤや、フリーメーソンのトンデモ本と一緒くたにあつかっています。

氏は、歴史は「専門の歴史家」にまかせておけと言いたいようです。
過去のご自分の仕事を、
できるだけ無傷で守りたいという気持ちが行間にあふれていて、
国を思う気持ちが伝わりません。

本書から教えられたこともたくさんありましたが、
私は、
歴史家は愛国者であってほしいのです

いずれにせよ、
秦氏が、
米軍が書いた「太平洋戦争史」にも、ラジオ放送「真相箱」にも違和感がなく、
占領期の言論統制を明るみに出した江藤淳の仕事に敬意を払うこともなく、
東京裁判に対してもきわめて肯定的であることを知り、
たいへん残念に思いました。



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連休の後半は息子夫婦が孫たちを連れてやってきて、
たいへんにぎやかです。

ようやく雨がやんですてきな五月晴れでしたので、
みんなでドライブしてきました。

孫たちの笑顔に癒されました。

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昭和の戦争ノート17

鈴木庫三の座談会での発言を引用する。
1940年11月号『新若人』掲載。




八紘一宇の精神というのは、
大王亜共栄圏の民族に皆所を得させる、
安定を与えることである。
言葉をかえていうと、
日本人の物質的水準を上げないようにして
満人なり中国人のレベルをそこまで持ってこなければならぬ。
今日の日本人は、
そういう単なる経済的資源であるとか、
あるいは英米にとってかわって、
日本が搾取的な地位に立って、
イギリスの植民地のような真似をやろうという、
けちな考えは全然ないのですからね。
そういう点をあんた方の雑誌を通じて、
どんどん中国のインテリなり青年なりに、
伝えてもらいたいと思うのですね。




鈴木は「教育の国防国家」をとなえて、
国家総力戦体勢の中で、
八面六臂の活躍をした。

彼は極貧のなかに育って、
苦学したが陸軍大学には進めず、
不公平と不平等を憎んだ、
善良なる「ファシスト」だったことがわかる。








昭和の戦争ノート16

近衛新体制と社会主義リアリズム

鈴木庫三は富裕階級と貧困階級のあるのを憎んだ。
教育が富裕層にだけ与えられて、
貧困階級に与えられないのを憎んだ。

市場経済よりも統制経済、
さらには配給経済の方がより公平であると主張した。

高度防衛国家を建設するためには、
自由主義的・個人主義的な美意識は無用だと考えていた。

鈴木の本やパンフレットの装丁は、
以下のようなものであった。

img007.jpg

img009.jpg

img008.jpg


ハンマーと鋤と稲穂。
筋肉と指差しポーズ。

これらは、まさに、
社会主義リアリズムの趣味であった。

昭和の戦争ノート15

情報官・鈴木庫三少佐は、
国家総力戦体勢の広報官として、
陸軍パンフレットや雑誌などの言論統制によって、
国民大衆に最も影響力のあった軍人でした。

その鈴木が「新体制はアカだ」という風評に対してこう書いています。




過去にアカであった人も真に転向しているなら入ってくる。
それをつかまえてアカだというようなデマを飛ばすやつがあったら、
それは容赦なく引っ括ってやっつけようと思っている。




昭和初期の転向とは、
「王殺し」をやめて「天皇制を肯定する」というだけのことでした。

これでもわかるように、
鈴木庫三の主要な敵は、
重臣や財閥の「自由主義・個人主義」であり、
米英仏の持てる側の帝国主義でした。

こんな日記もあります。




要するに、日ソ独伊の4国が結ぶことが一番賢明であり、
4国とも、英米仏と相容れない関係にあり、
世界維新を企図しているのだからこれが当然であるが、
なかなかこの案にはいくまい。

それは日本の個人主義、自由主義の人々、
およびこれに動かされている人々が、
ソ連と結ぶことを恐れるからだ。




大正から昭和に至る政策対立の基本軸は、

「資本主義・自由主義・個人主義」 対 「国家社会主義・平等主義・全体主義」

でした。

そして、日中戦争の早期解決を望んだのは前者のグループであり、
戦争の継続こそ「新体制」を完成すると考えていたのが、後者のグループでした。

もちろん東南アジアの植民地を解放して、
大アジア主義を実現しようとした「アジア新秩序・大東亜共栄圏」構想も、
後者のグループから出てきます。

プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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