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情況について

日本はいま「歴史戦争」を戦っています。
が、それを自覚している日本人はまだ少ないように思えます。

政治課題も外交課題も経済課題も、日本問題の原点はここにあります。

「歴史戦争」の当面の主要敵は、中共・韓国・北朝鮮です。

また、いまは副次的ですが、より根本的で手強いは欧米諸国(連合国)です。

歴史戦争の主戦場は、韓国併合(朝鮮統治・在日朝鮮人・朝鮮人慰安婦)であり、満州帝国であり、シナ事変(南京事件)であり、大東亜戦争です。

また、副次的な戦場は、「ナチスドイツと日本は同じ罪を負うという歴史観」です。

米ソ冷戦崩壊は、この歴史戦争を推進する働きをしました。

なぜなら、そのとき日本は当然戦後体制から脱却し、
再び独立自尊の国をめざさなければ未来がなくなったからです。

それを最も危険視したのが、中国・北朝鮮・韓国、そして何よりもアメリカだったのだと思います。

そして、彼らは気づきます。

日本の頭を押さえ、平和憲法を守らせ、分相応に生かしておくために、
最も有効な武器は歴史戦争であると。

まさに、その通りで、この情況を最前線で戦い続けた者達こそ、左翼(サヨク)反日日本人勢力でした。

この構図はますます深刻化しています。



大正・昭和の授業づくりは、
こうした現在の日本が追い込まれた状況を克服することをめざさなければならないでしょう。

つまり、朝鮮(韓国)人とシナ人と欧米人との歴史戦争に立ち向かい、事実に基づいて、正々堂々と戦い続けることのできる自立した日本人(先人に感謝し祖国を誇れる日本人)を育成していくことです。




いま、私はつくづく自分の頭の悪さを呪っています。

何度も間違いますが、
ここ10年におよぶ迷いと不明とがひとつの終着点を迎えようとしている気がします。
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考えていることなど

昭和の戦争をどう教えるかは、現在の日本をどうとらえるかと密接に関わります。

冷戦崩壊から30年、日本は混迷と危機の様相を深めてきました。

隣国はすべて確信犯的な反日国家であり、その2つは共産主義です。

つまり日本だけが自由主義の前線でさまざまな攻撃を受け続けています。

しかも、アメリカの冷戦は終わっていて、日米同盟の意味も変わっています。

アメリカは日本の現状が、昭和の戦争における自分たちの失敗と占領政策にあることにほうかむりしています。

ここから現代日本の国づくりの課題は、「独立」になります。

したがって、昭和の戦争と戦後日本を教えることはひとつながりです。

広義の戦争はまだ続いています。

つまり東京裁判史観とは連合国の謀略にすぎず、敗者を誹謗するための虚構にすぎません。

徹底的にこれを否定しつくす授業づくりを進めたいと思います。

授業は続くよ

韓国併合~ベルサイユ会議まで4時間+αの授業をやりました。
う~むという感じですが、少しずつやりたいことが出てきます。

今回は日本の台湾・韓国統治が、西洋列強の植民地収奪とはまったく違うものであったことを徹底的に教えました。生徒は感動しています。

日本は、地域の安定や自国の防衛のために、また血を流した結果である利権のためには、日仏協約などのように、列強としての相互の立場を認め合わざるを得ませんが、共に新しい世界史をつくっていこうという気概に燃えていたのです。八田與一の人物伝も読ませました。

さて第一次世界大戦のドイツ利権は、これまでの戦争目的とはちがって、あたりまえの帝国主義国としてふるまいました。しかし、パリ講和会議では、つぶされはしましたが、人種差別撤廃条約の提案で気を吐きます。

生徒たちは、列強と互してガンガンやりながら、同時に有色人種解放路線を忘れていない日本に共感しています。
綱渡りのような危機感はなかなかわかりませんが。

さて、ここから先ですが、満州事変から大東亜戦争敗戦まで、2つの解釈を並行して進めようと考えています。

いままでは、東京裁判史観という明白なウソも教科書の範囲で教えつつやっていましたが、中韓の反日がますます露骨になる状況では、これはもはや無意味な教育になりはてました。

そこで、次のような2つの解釈をぶつけていこうと考えているところです。

A 対欧米植民地解放戦争を天命として受け入れて壮烈に戦い、敗れたがアジアの植民地はすべて独立できた。

B 日・米の政府はともにコミンテルンの情報戦にはめられて、大東亜戦争を戦い敗れた。戦後、中国やアジアの植民地の多くは共産主義化していった。


まだ、生煮えで具体的な方向も手探りですが、どこまでいけるかやってみます。

素直に見れば、国民の多くはAで戦い、戦争の現実はBであり、戦後はCの東京裁判で生きてきた。となるのでしょうか。Aの虐げられた弱者救済路線とは、Bのコミンテルンの宣伝にぴったりはまるものだったように思われます。

しかし、どのように理解するにせよ、国家・国民のために生命を捧げて戦った兵士・英霊・国民の思いと行動は絶対的に肯定的に教えなければならないと考えています。

戦後史も変わってきます。戦後63年は「独立国」とは言えない国だったが、これから聖徳太子の基本方針「強大な帝国とも対等につきあえる独立国」となるために、国づくりを進めましょうという現在進行形の歴史授業で終わるようにしたいと思います。

古代とはどんな時代か

中学校の学習指導要領が改訂され、それにのっとった新しい教科書がこの4月から使われています。
改訂の柱の一つが、歴史の大きな流れをとらえさせる、というものです。

私が使っている『新しい歴史教科書』(自由社)は、指導要領の改訂趣旨を最も良く反映させている教科書ですが、その小単元として「第1章のまとめ:古代とはどんな時代か」があります。

先週、その授業を行い「歴史レポート:古代とはどんな時代か」を書かせてみました。
まちがいや混乱も多く、文章も読みづらいと思いますが、いくつか紹介してみます。
学年は1年生です。


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■古代とは、日本が生まれた時代です。まず二人の神様によって、日本列島が生まれました。縄文時代は狩りや採集で食料をとっていました。でも時代が過ぎていくうちに、稲作が伝わり、リーダーが生まれ、争いが始り、天皇が生まれました。中国に金印をさずかり、中国と対等な関係になりました。
 私は古代の中では、中大兄皇子の時代がすばらしいと思いました。理由は、白村江の戦いに敗れましたが、敗戦後に落ち込むのではなく、天皇を中心として、また日本を再起動させたからです。すばらしいと思いました。


■古代とはどんな時代かというと、2つあると思います。1つめは文化で、2つめは政治です。
 1つめの文化では、中国から入ってきた仏教を国の宗教にするかしないかの討論で、蘇我氏と物部氏が討論するところが印象的でした。自分はどちらかしか選べないと思っていたけど、聖徳太子は2つの文化を取り入れようと言ったからです。このおかげで、今でも、日本の神々の神社と仏教の寺があることがわかり、また、遺してくれたことに感謝したいと思いました。
 2つめは政治です。それまでは中国がアジアの中心で、その家来として日本があったけど、聖徳太子は中国に追いつくどころか抜かしてやろうと言い、その目標に向けて政治を進めていきました。この決断はすごいなあと思いました。
 もし独立していなかったら、日本は中国の家来のままだったので、古代の人々には感謝をしなければならないと感じました。


■日本は、弥生時代は漢の支配下に置かれていましたが、古代は、日本国の国づくりを進めた日本の独立の時代だと思います。
 弥生時代は朝貢などで中国の支配下でしたが、古墳時代に大和政権による統一がなされます。古墳の大きさで、日本の権威を示したり、少しずつ変わっていきます。
 そして、聖徳太子によるすごく本格的な国づくりが始まります。
 中国から文化を吸収し、ある意味手本としながら、独立をはかり、中国と対等な国を目指していきます。
 聖徳太子は、自分の一代だけで国を変え、とっぴょうしのないことを考え、日本を中国と対等な国に変革することに成功したので、すごく尊敬します。
 奈良時代になると、争いの考えがうすれてきて、仏教を積極的に取り入れ出します。仏像をつくったりなど、独自の文化を作り上げていき、完全に独立していったと思います。
 今までの歴史人物の大きな決断のおかげで、日本の国ができたので、偉大であり、素晴らいなあと感じました。


■古代とは国づくりの時代である(土台作り)。
 まず弥生時代で、国の20%は統一した。中国から金印をさずかった人をリーダーに立て、その時代でまたいくつかは統一した。しかし、まだ国づくりの具体的な方法は決まっていない。 
 古墳時代は、力の強い豪族が大きな墓をつくり、そのころの豪族の力がわかるであろう。政治的には、大和朝廷が出てきて、国の統一が大きく進んだと思う。
 飛鳥時代は、聖徳太子が冠位十二階や十七条の憲法で豪族をまとめ、国づくりの方針は、天皇中心の国(政治)になった。それを受け継いだ645年の大化の改新で、はっきりまとまった天皇中心の国になっている。
 奈良時代は、聖徳太子が骨組みをつくった方針に肉付けをした時代だと思う。聖徳太子の理想であった仏教も、聖武天皇の時代に深く取り入れられ、東大寺、国分寺、国分尼寺などが全国に建てられた。
 このようにして、日本が完成したのだと思う。


古代がどんな時代かと聞かれたら、「日本という国ができた時代」と答えると思います。なぜこう答えるかというと、中国(宋)の皇帝が、「日本の天皇こそ理想だ。うらやましい」と言ったからです。
 ずっと昔から日本が追いかけてきた中国に、この言葉を言わせたとき、日本が独自の文化(天皇中心の国)を持ち、独立したのだと言えると思います。日本は中国の政治とは違う政治にして、よかったと思いました。


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 もちろん問題は多々ありますが、今回初めて取り組んでみた意図のいくつかは達成できたという手応えを感じています。
 最後の生徒は「中国の皇帝と日本の天皇」という、これも教科書の新しい授業によって出てきたものです。
シナに学んで律令国家を築いた日本が、シナの易姓革命を取り入れることなく、天皇中心にまとまる国をつくったことを言っています。
プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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