スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第1回教師のための齋藤武夫の歴史授業セミナーin船橋

5月24日(土)の「教師のための齋藤武夫の歴史授業セミナーin船橋」第1回の記録です。
次回は8月30日(土)です。参加できるかたは連絡してください。後日詳細をご連絡します。

3月30日(日)、東京駅の銀の鈴で渡邉先生と山﨑先生に初めて会いました。渡邉先生から具体的な構想をうかがい感動しました。

4月19日(土)、大宮の豆の木まで渡邉先生が来てくださいました!打ち合わせ2回目。渡邉先生は企画書と案内文を具体化してお持ちになりました。完璧でした。
準備はそれで十分でした。

セミナーの内容は今あるものでいいというお話でしたが、前から気になっていた「ご先祖様の授業-命のバトンと国づくりのバトン」だけは改訂しました。指導案の構成をシンプルにして「歴史=国づくりのバトン」がより強調できるようにしてみました。あわせてご先祖様の数の資料を平成26年版に改訂しました。

当日は13:00から16:30まで4コマの模擬授業。休憩を10分ずつ取りましたから実質は3時間でした。ちょっと腰にきました(笑)。

1 ご先祖様の授業(歴史とは何か?なぜ歴史を学ぶのか?)の模擬授業をやり、少し時間を余らせて、私の歴史授業に対する考え方や思いをお話ししました。
 基本は、私が作った授業をやれば、文部科学省の教科目標「わが国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てる」が達成できます、ということ。
  日本が嫌いになる歴史、反国家の考えになる歴史教育はダメ、覚えるだけの歴史教育、社会科歴史教育(調べ学習)はダメです。これは立憲君主国日本を支え ていける責任ある有権者を育てる国民教育なのです。

2 小単元「聖徳太子」の授業4時間分を紹介しました。これが私のカリキュラムのキモです。太子の3つの政策を検討すると、以下の3つの「国づくりの基本方針」がわかります。

 *天皇中心に一つにまとまる国・・・十七条の憲法
 *どんなに強大な国とも対等につきあう独立国・・・遣隋使の国書
 *外来文化の良いところは取り入れるが、日本の伝統もしっかり守って、文化を総合し更新していく国・・・仏教伝来

  この3大方針によって古代律令国家が建設され、幕末から明治の近代国家も建設されます。
  聖徳太子の授業をやるためには、縄文から弥生へ・大和朝廷の建国・日本の神話と大王(天皇)などの既習事項が必要です。

3 大化の改新の模擬授業。聖徳太子の国づくりのバトンを受け継いだ中大兄皇子。これが本的律令国家建設の第一歩になりました。天武-持統・・・聖武バト ンが受け継がれて、天平の世に古代日本が完成します。

4 中世から元寇の模擬授業。執権北条時宗は18歳でフビライの最初の国書を受  け取り、24歳で文永の役、31歳で弘安の役、その3年後に34歳で亡くなりました。若いですね。授業で使えるDVDをみなさんに差し上げました。古いのでちょっと画像が痛んでますが・・・。

と、こんな感じでやりました。
みなさんがいっぱい感想を書いてくださって感動しました。
一部でもいいので授業で使ってみてください。お願いします。
渡邉先生からは、この日の関連ファイルすべてをコピーしたCDとプリントアウトした資料などが配られました。
お得ですよ!!!




スポンサーサイト

2年1組Hさんのノートから      

4月14日「ペリー来航と開国」
*黒船は見た目もすごく強そうでこわいと思いました。白旗を持ってきて降伏をせまるというのはすこしむかつきますが、日本は平和な国なので爆弾を落とされたら困ります。阿部さんの選択は間違っていないと思いますが、やはり日本人としてはくやしいと思いました。

4月15日「不平等外交とその後」
【攘夷派VS開国派】
私は攘夷派です。日本がとても不利な条約で、植民地にはなりたくないからです。
*日米修好通商条約はあまりにも日本に不利すぎます。不平等にもほどがあります!武士のご先祖様には戦ってもらい、どうにかして植民地にはならないようにしてほしいです。

4月21日「吉田松陰」
*日本全体のためにつくす志を持った吉田松陰がかっこいいと思いました。松蔭はとても強い心で野山獄で教えました。松下村塾では無料で勉強を教えてもらって、これから国を治めていくたくさんのリーダーが出てきているのはスゴイと思いました。

4月22日「高杉晋作」
*日本を西洋列強と対等につきあえる国(独立国)にするのがすごいと思います。日本は植民地なんかには絶対にされないぞ!という強い気持ちが伝わりました。

4月28日「生麦事件と薩英戦争」
【薩摩藩はどうすべきか?】
私は「B.金は払うが、犯人は渡さない」です。
犯人にも悪いところはあるが、相手のイギリス人も、そのまま行列に乗り込んできたので、飽いても悪いです。それに、犯人も殿様を守るためにやむを得ずやったことなのでしかたがないと思います。二つとも受け入れると、日本は何でも言うことを聞くと思われてしまって、最後は植民地にされてしまうかも知れないから。
*薩摩藩と大久保利通の勇敢な心に感動しました。両方とも断り、日本の法律にうったえて、西洋列強の中で一番強いイギリスと戦ったのです。とてもすばらしい武士たちを見られて幸せでした。

5月12日「坂本龍馬と徳川幕府の滅亡」
*坂本龍馬にとても感激しました。龍馬は戦争なしで幕府を終わらせるというすごいアイデアを考え実行しました。それは政権を将軍が天皇に返して、天皇中心の政府をつくるというアイデアでした。とても良かったと思います。「長州のためでも薩摩のためでもない。日本のためじゃ!!」という言葉がとてもかっこいいと思いました。

5月13日「戊辰戦争と明治新政府」
*日本のためによりより方針を考えてくださった西郷隆盛さんと勝海舟さんにとても感激しました。外国(イギリス・フランス)の援助を断り、日本が植民地化されないように江戸の戦争を止めてくれたおかげで、たくさんの命も助かりました。天皇中心の新政府ができて、やと日本の新しい国づくりが始まります!

5月19日「廃藩置県と四民平等」
【廃藩置県、賛成か反対か】
反対です。たしかに新しい国づくりの目標は大切ですが、日本を強くしたいのならば武士は必要だと思います。今まで国のためにつくしてきた武士たちが、いっきにクビになるのはひどすぎると思います。

*武士のリストラはいまでもなっとくいきません。でも四民平等はいいと思います。でも武士がなくならないと国民平等にはならないんですね・・・。でも私は武士が好き⒌なのです。

5月20日「明治の三大義務」
*結果的に中央集権になり、天皇中心の政治が進められるようになってよかったです。やっと廃藩置県の意味がわかりました。福沢諭吉の「学問のすすめ」は子供みんなが勉強できるようにしてくれていいことだと思います。これがなければ私たちは勉強できてないかもしれません。がんばって勉強したいと思いました。

2年1組 I.さんのノートから

平成26年、2014年の1学期も中間考査に入りました。
授業を書いているゆとりがないので、生徒の感想で4月5月の授業を紹介します。

4月14日「ペリー来航と開国」
*見たこともない黒船が来たとき、私がその場にいたらどうしていただろう。わからない。幕府は知っていた。知っていたのならもっと対策をとっておいたほうがよかったのではないか。阿部さんはすごいと思う。権威を気にするより、国全体を気にした方がよいはず。今の日本があるのはこの人のおかげだと思った。

4月15日「不平等外交とその後」
【攘夷派VS開国派】
私は開国派だ。なぜか。外国にあらがえば植民地化し、今までずっと守り抜いてきた国が無くなってしまうと思ったからである。無理に開国したくはないが、戦争になってたくさんの命がなくなるなら、平和的な解決策を求めなければならない。時間をかけて力をつける!!
*井伊さんの決断はきっぱりしていて決断力があると思った。ちゃんとした答えが必要とされていたので、批判を受けるのはしょうがない。ただ殺し合いになるのはひどいような気がする。いつでも和を大切にしなきゃいけない。

4月21日「吉田松陰」
(感想なし)

4月22日「高杉晋作」
*幕府&薩摩に大敗した長州を、また高杉晋作が乗っ取った。80人から1000人以上になったのは、晋作の素晴らしい考え方や行動にあると思う。藩の軍隊を打ち破ることができたのは、集まった人たちの考えと気持ちがあったからだ。吉田松陰はいろいろな人にたくさんのことを教えてくれていたんだと思った。

4月28日「生麦事件と薩英戦争」
【薩摩藩はどうすべきか?】
私は「B.金は払うが、犯人は渡さない」が一番正しいと思う。
植民地化されたら一番悪いけど、生麦事件は殿様を守ろうとした正当防衛だと思う。今考える殺してしまったのはおかしいと思うが、この時代は大名行列の前を横切るのさえダメで、それが日本のルールだから、悪いのはあっちでだから、犯人は渡さないでいい。だが、戦争になったら怖いので、お金は一応払っておいた方がよいと思う。
*薩英戦争では薩摩はよく戦った。戦力のレベルでは差がありすぎてどうにもならないと思ったが、自分の藩も守れないようじゃ、これからやっていくことはできない。軍事力を体験したことによって、考えを変えることができたと思う。

5月12日「坂本龍馬と徳川幕府の滅亡」
*坂本龍馬の考えを変えた勝海舟さんはそうとうなことを言ったんだと思う。

5月13日「戊辰戦争と明治新政府」
*王政復古の大号令で徳川を外したのは思い切った決断だが、よく考えてあると思いました。天皇中心にするにはそうするほうがよいと思います。
でも、鳥羽伏見の戦いで幕府軍が賊軍とされたのは、幕府軍としてはつらかったと思いました。
西郷さんと勝さんは国をまとめられるすごいリーダーです!国全体のことを考えられるのは真のリーダーだからです。二人とも、外国の援助を断って植民地化の危険を避けたのがすごい!!自分側が勝つことしか考えられない人とはちがいます。
新政府ができて、日本がどうなっていくか楽しみです!

5月19日「廃藩置県と四民平等」
【廃藩置県、賛成か反対か】
私は反対です。
武士たちが新政府に変えようとがんばって戦ってきたのに、いきなりクビにしてしまうのはおかしいし、ありえません。
武士としては何のために戦ってきたのかわかりません。武士たちが裏切られた気分になるのはまちがいないと思います。誰が国を変える為に命をかけて頑張ったのか思い出すべきです。
恩をあだでかえすようなものにしか思えません。
(感想はなし)

5月20日「明治の三大義務」
*今の制度の元になる事がこの時決められたことがよくわかった。この制度が無ければ、学校で勉強することもなかったと思うとスゴイ。


歴史を教える先生方へ 26.5.18

義務教育諸学校で歴史を教える教師たちへ

もうウソを教えるのはやめよう!本当のことを淡々と教えましょう。

例えば日本が君主国であること。
例えば日本の近代化が世界の白人支配を終わらせたこと。欧米人のユダヤ人差別に対抗して国家政策として迫害されたユダヤ人を救ったのは日本だけだったこと。朝鮮半島を李朝の奴隷的支配、将来のソ連の奴隷的支配から救い、近代化を進めたのは日本であること。日本の戦争はたび重なるあくどい挑発にやむなく自衛のために立ち上がった戦いであること。
日本は神の国であり、天皇の国であること。
日本には古代から「人権」は十分にあり、西洋よりも1000年早かったこと。議会政治も1000年以上の歴史があること。(そもそも西欧の人権は白人だけを人間と見なしていた。有色人種に人権は亡かった。1960年代までの米国黒人を見よ)
日本の身分制は、西欧やシナと異なり、名誉ある役割(責任)分担だったこと。
日本の統治は古代から民衆の幸福を目標とされたこと。近世では誤った君主は座敷牢に押し込められて、公のために正しい政治を行わなければ座敷牢から出されなかったこと。

日本の歴史のありのままを教えよう。

日本は悪い国。日本は残虐な国、日本は差別の国。日本は侵略戦争をやった。日本は女性を性奴隷にした。

これらはすべてはウソです。

教育は児童生徒に自信を与えること。教育は希望を与えること。教育は絶対的な自己肯定を与えることが究極の目標です。

日本は悪い国。日本はヒドイ国。私は日本に生まれなければ良かった。こういう教育は悪です。
こういう教育をやっている教師は反日教師であり、国家反逆罪に該当します。
日本に産まれたことが恥ずかしいと教えられた児童生徒に未来はありません。

どちらが日本人の教育かを考えましょう。
どちらがシナや韓国や北朝鮮の工作活動なのかを見極めましょう。

日本をと日本人を守る教育者になりましょう。

全国の愛国教師よ団結せよ!!!!

中学歴史2年6「坂本龍馬と江戸幕府の終わり」の授業

*この授業では坂本龍馬の活躍をやります。一つは薩長同盟、もう一つは大政奉還です。王政復古で新政府が誕生し、鳥羽伏見の戦いが始まったところまでです。龍馬クイズや、勝海舟の話や、西郷と木戸を叱った話などにはいくぶんか「講談」も入っていますが、生徒が喜ぶところですので、偉大な人物の伝説として伝えていきたいと思います。

1 坂本龍馬

*坂本龍馬の写真を黒板にはります。
坂本龍馬

『坂本龍馬は、1835年、大塩平八郎の乱が起きた頃、土佐藩の郷士の家に生まれました。土佐はいまの~? そうです高知県。郷士というのは一番身分低い武士、普段は農民や町民だがいざというときは殿様のために働く。藩士からはとても差別されていました』

*丸バツクイズをやります。丸は両腕で大きな丸をつくる。バツはお顔の前に小さくバツです。
①この人物は、剣術が強かった。答えは丸。江戸の千葉道場で免許皆伝。
②この人物は、少年時代泣き虫だった。答えは丸。いじめられっ子でお姉さん乙女に鍛えられた。
③この人物は、18歳ぐらいまで寝小便をしていた。答えは丸。これも乙女の話。
④この人物は、日本で最初の貿易会社を作った人だ。答えは丸。海援隊。
⑤この人物は、ペリーの黒船を自分の目で見た。当時江戸にいたのでたぶん丸。好奇心が強いから。

*ペリーが来てからおよそ十年後の文久2年3月。龍馬は28歳。土佐藩を脱藩した。尊王攘夷運動が盛り上がっているときで、天下のために何かしたいと考えた。脱藩は重罪で家族も連座する罪だが、土佐で郷士のままでは何もできない終わってしまう。


2 運命の出会い

『江戸に出て、龍馬は幕府のリーダーに会いに行った。斬りに行ったらしい。この人物です』
katukaisyu.jpg

『勝は幕府の軍艦奉行。これも貧乏旗本の息子だが、阿部正弘に取り立てられた。危機だから世に出られた人物。このときこんな話を聞いただろうと思われる。私の創作が入ってますが・・・』 

*資料「勝海舟の話」を読む。
**********************************

勝海舟は坂本龍馬にこう語った

 坂本さん、刀はもうちょっと、引きつけておきな。
そうじゃないと、おれは斬れないよ。
まあ、おれを斬るのはいつでもできるだろうから、今日は、アメリカの話でも聞いてお帰りよ。

 おれは二年前、咸臨丸に乗ってアメリカに行って来た。
何がおどろいたって、あそこじゃ、国の政治は、選挙で選ばれた人物がやるという話だった。将軍家も、殿様(とのさま)もないんだ。だから、上に立つ者はみんな、ひとかどの人物だよ。バカでも身分や家柄がよいというだけで、リーダーになれるような国とは、いきおいがちがうというわけさ。

 おれたちはいま、そんな国を相手にしているんだ。今のように、国内で戦いあっているようじゃ、日本はあぶないよ。どっちが勝ったって、日本全体としてみりゃ、弱っていくばかりなのさ。そんなことをしていたら、西洋の植民地にされちまうかも知れないぜ。
 それでもいいのかい、坂本さん。

 西洋にやられないためには、軍艦だって大砲だっているんだよ。そいつを手に入れるには、西洋とつきあうしかないんだ。大砲も軍艦もない、サムライは藩に分かれていて、国としてまとまった海軍も陸軍もない。こんなことで、どうやって国を守れるっていうんだい。

 国が一つにまとまって、いざとなれば戦うという気力を見せれば、西洋にだって、そうかんたんには、やられやしないよ。
 幕府だ、長州だ、薩摩だと、日本人どうしで、けんかをしている場合ではないということさ。 
どうだい、人殺しなんかやめにして、おれといっしょに海軍をつくる仕事をやらないか。よかったら明日からでも、おれの海軍繰練所(かいぐんそうれんじょ)においで。

***********************************

*龍馬は、勝の話を聞いて、体を電流が流れたように感動してしまった。
*姉の乙女にこんな手紙を書いている。
「日本第一の先生の弟子になった。・・・・」

*勝から学んだことをまとめる。
1 国のリーダーは、実力のある人物を選挙で選ぶ。
2 国内で争い戦っていては国をとられる。
3 中央集権国家を作って、軍備を増強する。


3 薩長同盟

*『龍馬は勝先生に学んで、海軍の勉強をしたり、貿易会社(亀山社中 → 海援隊)をつくったりしながら、日本を変えるために働きました』
*以下の説明をする。

①長州は会津と薩摩に京都から追い出され、朝敵にされ、第1次長州征伐では幕府と薩摩が組んで長州をたたいた。薩摩は長州を嫌い、長州は薩摩を憎んだ。草履の裏に薩摩と書いて踏んづけて歩いていた。

②しかし、勝海舟も坂本龍馬は、日本はもう幕府ではもたないと考えていた。

③薩摩は薩英戦争で方針を変えて「幕府はもうダメだから、長州と手を結びたい」と考え始めているという情報が入ってきた。

④龍馬は「長州と薩摩のけんかをやめさせる」ことを考えた。龍馬は自由の身だから、あちこち飛び回れる。西郷さんと会ったり、桂小五郎さんと会ったりしながら、中岡慎太郎と二人で両方が手を結ぶ話を進めた。

⑤しかし、2人を会わせてもなかなか同盟の話が出ない。お互いに憎み合ってきた過去があるから、自分から同盟の話を出すのはメンツにかかわるというわけだ。

『龍馬は、西郷隆盛と桂小五郎(木戸孝允)にこう言って叱ったそうです。

(   )のためでも、(   )のためでもない。(   )のためだ!

(   )にはどんな言葉が入るでしょうか?』

:発表させる。
「薩摩のためでも、長州のためでもない。天下(日本)のためだ」

慶応2年1月(1866年3月) 薩長同盟成立

*6月幕府は2回目の長州せいばつをやったが、薩摩はそれに参加せず幕府側が負けてしまった。薩摩が買った銃や弾薬を龍馬の海援隊が長州に運んだ。海援隊は下関で幕府海軍と戦っている。


4 船中八策

*こうして日本の政局は(幕府)VS(薩摩+長州)となり、倒幕戦争が必死という形成になった。

*坂本龍馬は「船中八策」という国づくりの大方針を書いた。その第1条が有名な「戦争なしで江戸幕府を終わらせる」驚くべきアイディアでした。
*アジアの植民地化では、国内の分裂が列強に乗じられたケースが多々あった(インドやベトナムなど)ことを教える。
*船中八策を読む。

*************************************

船中八策
1.幕府は政権を朝廷に奉還し、朝廷が政治を進める。(大政奉還)
2.上院と下院の議会を設け、議員を選んで、国のためになること(公論)を話し合いで決める。(議会開設)
3.能力の無い役人は辞めさせ、身分に関わらず有能な人材を登用して政治を進める。(官制改革)
4.外国との交際は国のためになるように進め、新たに対等な条約を定める。(条約改正)
5.古代からの律令は止めて、新しく憲法を定める。(憲法制定)
6.海軍をつくる。(海軍の創設)
7.国家の軍隊(陸軍)をつくり国を守る。(陸軍の創設)
8.貿易相手国に有利で日本にとって不利な貨幣制度を改める。(通貨政策)

*************************************

『第15代将軍、徳川慶喜は、龍馬が考えたこの案を実行しました。これを大政奉還といいます。これからは、朝廷を中心に新しい国づくりをしていきましょう、というのが坂本龍間の考えだったのです。こうして、260年続いた徳川幕府が終わりました。1867年10月のことです。』

慶応3年10月(1867年11月)大政奉還、江戸幕府が終わる。
*翌11月15日、京都近江屋で、坂本龍馬は中岡慎太郎と共に暗殺された(幕府見廻組)。
*船中八策は、新しい明治日本の国づくりの大方針になった。

*しかし、大政奉還では、徳川慶喜が新政府内で強い力を持ってしまうことに気づいた、薩摩藩(大久保利通と西郷隆盛)は、明治天皇の許しを得て、徳川家をつぶして新政府を作る策に出た。
慶応3年12月 王政復古の大号令、 徳川氏には辞官納地を命じた。

*あわせて、西郷大久保は江戸で破壊活動を行い、幕府を挑発したため、年が明けて、幕府対薩長の内戦が始まった。
慶応4年1月(1868年) 鳥羽伏見の戦い

*薩長軍は錦の御旗を掲げ官軍となった。
*朝敵になった将軍慶喜は恭順に傾き江戸に逃げ帰った。官軍は東海道と中山道を江戸に向かった。
*明治改元は4月。

プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
04 | 2014/05 | 06
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
FC2カウンター
ご訪問ありがとうございます!
FC2ブログランキング
ワンクリック!応援よろしく御願いします。

FC2Blog Ranking

人気ブログランキングへにほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。