しばらくお休みします

8月半ばまで留守にします。
ネットはたぶんつながらないので、当ブログもしばらくお休みです。

みなさまによい夏の訪れますように。
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授業「日米安保条約」 3

4 吉田茂の選択・・・日米安全保障条約

■吉田はダレスとの交渉で、あくまで再軍備を拒み続けた。経済復興優先と言われるが、GHQ占領政策への意趣返しという思いもあったかもしれない。

[1953年の防衛費]
┌────────┬─────────┬──────────┬────────┐
│   国 │ 1人あたりのGNP │ 1人あたりの防衛費 │防衛費のGNP比│
├────────┼─────────┼──────────┼────────┤
│ ギリシャ │ 298ドル │ 25ドル │ 8.5% │
├────────┼─────────┼──────────┼────────┤
│ ポルトガル │ 166ドル │ 8ドル │ 5.0% │
├────────┼─────────┼──────────┼────────┤
│ トルコ │ 204ドル │ 13ドル │ 6.5% │
├────────┼─────────┼──────────┼────────┤
│ ユーゴスラヴィア│ 199ドル │ 36ドル │ 18.2% │
├────────┼─────────┼──────────┼────────┤
│ 日本 │ 200ドル │ 3ドル │ 1.6% │
└────────┴─────────┴──────────┴────────┘
                         坂本一哉『日米同盟の絆』より

■ダレスは次のように言って粘った。
「再軍備への障害というのは、克服すべき課題ですか、それともやらない言い訳ですか?」
「もしやる気があるのなら、やってみて、国民を説得してはどうでしょう?」
「国民の意識を変えるために、啓発活動はしないのですか?」
「あなた自身の考えが熟していないのを、国民のせいにしているのではありませんか?」

■吉田は、防衛努力ゼロのまま日米安保条約をまとめるのは難しいとみて、講和条約締結後に5万人の保安隊を設立を約束した。しかし、ダレスにはこう言っている。
「憲法改正は無理だから、国民が軍備を持ちたいと考えるまでは治安警察力としたい」
しかし、外務省が米国に提出した文書には次のように書いてあった。
①保安隊は再建される民主的軍隊の第一歩である。
②自衛企画本部を設ける。これは将来の参謀本部である。
外国には「軍隊」とし、国内には「警察力」とする二重説明がここに始まっている。

■こうして、1951年4月8日、サンフランシスコ講和条約が結ばれた。
この条約により、日本は主権を回復した。条約では日本の領土が決められた。朝鮮の独立、台湾・千島・南樺太の放棄を日本は承認した。沖縄、奄美、小笠原諸島についてはアメリカが統治を続けることになった。
国内ではソ連ぬきの条約を批判する動き(共産党・社会党・知識人など)があったが,世論は吉田の決断を評価し主権回復を祝った。
同日、サンフランシスコ郊外の米軍基地で日米安保条約が結ばれた。

────────────────────────────────────────
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約
                 (1951年4月8日署名、1952年4月28日公布)
前文
日本に独自の防衛力が充分に構築されていないことを認識し、また国連憲章が各国に自衛権を認めていることを認識し、その上で無責任な軍国主義への防衛のために、日本はアメリカ軍が日本国内に駐留することを希望している。また、アメリカ合衆国は日本が独自の防衛力を向上させることを期待している。平和条約の効力発行と同時にこの条約も効力を発効する。

第一条(アメリカ軍駐留権)
日本は国内へのアメリカ軍駐留の権利を与える。駐留アメリカ軍は、極東アジアの安全に寄与するほか、直接の武力侵攻や外国からの教唆などによる日本国内の内乱などに対しても援助を与えることができる。

第二条(第三国軍隊への協力の禁止)
アメリカ合衆国の同意を得ない、第三国軍隊の駐留・配備・基地提供・通過などの禁止。

第三条(細目決定)
細目決定は両国間の行政協定による。(刑事裁判権・共同防衛のための協議・分担金など)

第四条(条約の失効)
国際連合の措置または代替されうる別の安全保障措置の効力を生じたと両国政府が認識した場合に失効する。

第五条(批准) 批准後に効力が発効する。
────────────────────────────────────────
■こうして安保条約は明白な不平等条約となった。基地を貸すから安全保障をたのむという関係があからさまになった。
日本は非武装なのだから、対等な集団的自衛関係にはなれないのが道理ではある。
また、アメリカの日本防衛義務が明確でないという意味でも不完全な条約だった。

■しかし、一方で日本は防衛力を向上させる約束をして、やがて努力が実れば対等条約になり、米軍基地も縮小または撤退への道も開かれている。名実ともに再軍備して防衛力を向上させることが日本政府の明白な課題になった。

■また、アメリカからも憲法改正と再軍備の要求が繰り返された。その結果、軍備増強が対米従属と批判され、防衛力抑
制が対米自主と評価されるというねじれが生じた。

5 授業のまとめ

■1954年、第5次吉田政権で自衛隊法が成立し、実質的な国防組織である自衛隊が発足した。吉田茂の8年にわたる長期政権の最後の年だった。が、自衛隊はまだ軍隊としての完璧な法律的な条件を与えられていない。
┌──────────────────────────────────────┐
│  「自衛権」とは、何を守ることでしょうか? 
│  (  )にあてはまる語句を書きましょう
│ 
  自衛隊法(自衛隊の任務)
│  第三条  自衛隊は、我が国の平和と(     )を守り、国の安全を保つため、
│ 直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、
│ 公共の秩序の維持に当たるものとする。
└──────────────────────────────────────┘
■正解は「独立」である。
「不平等条約」といえば、幕末の日米友好通商条約を思い出す。
幕末の武士たちは、わが国の植民地化を避けるために、幕府を倒し近代国家建設を進めた。
明治国家の大目標は、不平等条約を結ばされていた「半独立国家」、列強と対等につきあえる国家「独立国」するために懸命な努力をした。
汗を流し、血を流した。そして、殖産興業につとめ、立憲っせいじを確立し、日清戦争・日露戦争に勝利した後、ようやくその目標を達成した。
領事裁判権を廃止し、治外法権を回復して、日本は西洋と対等な一等国になったのであった。
つまりわが先人たちは、わが日本国の「独立」を守るために、歯を食いしばって努力し、団結して戦ったのである。

■幕末の志士たちが、日米安全保障条約を見れば、おそらく「不平等条約」だとというであろう。
講和条約後も日本は「半独立国家」だと。
もし、講和後もわが国の国家主権が完全に回復されていないのだとしたら・・・。

■吉田茂の後、内閣は鳩山一郎・岸信介・池田勇人・佐藤栄作へと自由民主党でリレーされていく。
再軍備はどうなったのか。憲法改正はどうなったのか。米軍駐留はどうなったのか。日米安全保障条約はどうなったのか?
それが次の問題になる。(授業終了)


[補説]その後のわが国の安全保障政策

■日米安全保障条約はある意味で、幕末の不平等条約よりもみじめな条約だった。講和条約で得た「独立」は形式的なものにすぎなかった。
わが国が実質においても独立して世界の一等国に戻るための課題は次の通りである。
1 国連の集団安全保障体制への加入
2 国際法・国内法ともに軍隊と呼べる実力を持つ。
3 日米安保条約を対等な軍事条約にする。
4 GHQ憲法を変える。
5 米運の駐留をNATOなみの限定的なものにする。

■自主防衛への努力(鳩山内閣~岸内閣~池田内閣まで)
・内閣法制局長官:林修三(1954~1964)

[鳩山政権]
自衛隊合憲論・・・憲法9条が放棄した「戦争」とは不戦条約・国連憲章の禁止する「戦争」である。自衛隊は、自衛のための実力であり、憲法はこれを禁止するものではない。
郷土防衛隊構想・・・民間防衛組織(消防団や青年団をベースにした民兵組織)

[岸政権]
 集団的自衛権は制限付き合憲・・・日本独力では自衛できない。集団自衛は日本を守るために必要である。
PKF派遣は合憲・・・・国連の制裁活動への参加は、憲法が認めている自衛行動にも、禁じている「国際紛争解決のための武力行使・威嚇」にも属さない第三のカテゴリーであり認められる。(林1961)
安保条約改定・・・事前協議、防衛の義務明記。基地を貸して米軍を抑止力にするという条約の本質は変わらなかった。→米軍駐留の永続化

[池田政権]
 反共路線の明確化・・・私は中立主義は取らない。共産主義と戦うのが我が党の方針である。日本の平和と安全を脅かす国際共産主義勢力の活動には対処する準備を進めなければならない。(池田1964)
自衛隊の地位向上・・・「自衛隊礼式に関する訓令」など


■一国平和主義の定着(佐藤栄作内閣~現在)
・佐藤政権の内閣法制局長官:高辻正巳(1964~1972)
  ①憲法の制約の下に国防を放棄した。
  ②国連への軍事協力を完全に否定した
  ③自衛隊が「軍隊」ではなくなった。
  ④林修三の憲法解釈をすべて否定した。



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授業「日米安保条約」 2

3 講和条約を結んで「戦争」を終わりにしよう!

■アメリカは日本に賠償金なしという寛大な講和条件を示した。ただし沖縄諸島は占領を続けることになった。吉田内閣はこれを受け入れた。

■問題になったのは、日本の安全保障だった。
共産主義の侵略がいま目の前で起きている(朝鮮戦争)のに、日本には軍隊がなく、憲法では戦争放棄をうたっている。

■憲法について、吉田茂は自衛権はないと言い続け、1950年1月施政方針演説で、初めて自衛権はあると述べた。しかし、自衛権を行使する軍がない。
マッカーサーは日本弱体化憲法9条を「人類の理想」だと宣伝し、日本人の中にもこうした理想主義(?)に共感する人が増えていった(言論の自由がないので)。

┌──────────────────────────────────────┐
│  皆さんが吉田内閣の閣僚の一員だったら、A~Dのどの方針を支持しますか?
│  資料を読んで考えましょう。
└──────────────────────────────────────┘

A:再軍備せず、アメリカ軍には撤退してもらう。

●日本は侵略戦争をやって負けました。日本が戦争を始めなさえしければ、アジアは平和だったのですから、日本が軍隊を持たなければ、アジアの平和が保たれるのです。だから日本に軍隊はいりません。(アメリカ占領軍民政局:ケーディス)

●日本に軍隊がないならばソ連が日本をいただこう。そうすれば日露戦争以来の夢がかなう。日本の生産力と労働力を使えばソ連はますます発展するだろう。(ソ連第一書記:スターリン)

●全面講和によって非武装中立を守り、アメリカ軍にも出て行ってもらう。そうすれば戦争に巻き込まれることはなく、憲法9条の理想が実現できます。本音を言えば、地上の楽園共産主義の実現もたやすくなります。(日教組の先生)

B:再軍備せず、アメリカ軍にこのまま駐留してもらう。

●せっかくすばらしい憲法を作ったのだから、軍隊を作るのはやめよう。理由は5つ。①日本の軍国主義化を恐れる国がある。②占領軍の威信が失墜する。③五等国に落ちた日本の軍備などあてにできない。④日本経済は軍備の負担に耐えられない。⑤日本人は平和主義を愛している。ただし、アメリカが日本の平和と安全を守ってあげます。日本は太平洋のスイスになればいい。(占領軍総司令官:マッカーサー)

●日本の経済力はどん底で軍備に予算をつける余裕はない。朝鮮戦争でアメリカ軍がいないので治安維持の警察力は強化しなければならないが、共産主義国の侵略にはアメリカ軍に守ってもらおう。まずは経済の復興がだいじだ。また、いま再軍備すれば国内の共産主義勢力が社会不安を引き起こす。これはアメリカにとってもマイナスだろう。(首相:吉田茂)

強調文C:再軍備し、アメリカ軍にこのまま駐留してもらう。

●アメリカの駐留軍4万人だけではソ連の侵略に対抗できません。3~5個師団(15~20万人)の日本軍再建計画を立てたので、ただちに着手してほしい。
                   (占領軍司令官:アイケルバーガー中将)

占領軍の責任で憲法を改正し再軍備しなえければならない。これまでのような日本弱体化政策は日本の共産主義化を進めるだけだ。アメリカの目的は、合衆国の強力で安定した同盟国日本をつくることでなければならない。アメリカ軍も貢献するがNATO(ヨーロッパの同盟関係)と同様に日本も自由主義陣営のために貢献しなければならないのだ。    (ジョージ・ケナン:アメリカ冷戦政策立案者)

●吉田茂は旧日本軍を嫌ってるが、軍事力のない国家が独立できるわけがない。アメリカ軍に保護されれば、最後はアメリカに隷属することになるのだ。国防は軍事のプロに任せればいい。われわれはGⅡのウイロビーと組んで、すでに陸軍再建計画(ダレスが吉田に示したもの)を作成してある。ぜひこれを生かしてほしい。
                        (元陸軍大臣秘書:服部卓四郎)

D:再軍備し、アメリカ軍には撤退してもらう。

●日本は再軍備しなければならない。憲法9条は私の修正(芦田修正)があるからだ  いじょうぶだ。再軍備は、あくまで自衛のための戦力であって「国際紛争解決のため  の」軍ではないからだ。さて、その上で、本土に駐留する占領軍には撤退してもらう  のが望ましい。そうでないと国民は占領が終わっていないと言うだろう。マッカーサ  ーも言っていたが、沖縄のアメリカ軍とくに空軍があれば、再建した日本軍と共同し  て日本の防衛は十分可能である。
  (元首相:芦田均)

┌──────────────────────────────────────┐
│【私の考えと理由】



└──────────────────────────────────────┘

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授業「日米安保条約」 1

模擬授業「日米安全保障条約」
(1)教材としての吉田茂 
吉田茂は、これまでも現在もさまざまなイメージが与えられている。ざっくり分類すると次の4つになるだろう。
A 片面講和を結び民主・平和に対する逆コースを進めた宰相
 B 講和条約を結び、自由主義陣営の一員として日本を独立させた宰相
C 講和条約を結び、再軍備に反対し、経済再建の道を開いた宰相
 D 講和条約を結び、再軍備に反対し、米軍の駐留を継続させた宰相

 Aは日教組を中心に左翼教師がいまも進めている授業である。
 Bは本研究会の安達弘先生の名授業がある。(『近現代史の授業改革』5号:1996年)
(注)当時は教科書や教育界でAのイメージが強く、吉田茂の功績を教えることが   歴史教育改革の課題だった。
CはAの正反対で、これがいわゆる「吉田ドクトリン」という評価である。
 DはCとセットであり、Cの裏面である。
  Dには講和条約後現在までの日本は本当に独立国なのか?という疑念が含まれてい   る。今回の授業が取り上げる吉田像の一面である。

(2)授業のねらい
  講和条約を結んで独立したいが、憲法と追放と武装解除によって日本には自己防衛能力はなかったため、日米安保条約が結ばれたことを理解させる。主発問は、吉田の選択肢の中からどれを選ぶかを考えさせ、討論させる。生徒たちには、この授業を通して国家の安全保障について、また国家の独立について関心を深めるきっかけとしてほしい。

(3)授業の流れ
1 「占領下の日本」の復習から
┌──────────────────────────────────────┐
│ アメリカ軍の占領で日本および日本人が失ったもの、奪われたものを箇条書きに
│ しなさい。
└──────────────────────────────────────┘
*独立、大日本帝国憲法、大和魂、日本人としての誇り、教育勅語、軍隊など
┌──────────────────────────────────────┐
│  占領期の日本の、最大の課題(目標)は何だったでしょうか?
└──────────────────────────────────────┘
*占領を終わらせる。独立国になる。講和条約を結ぶ。

2 講和条約への動き
①19473月、マッカーサーは憲法施行を前に、1年以内の対日講和を進めると発表した。東京裁判も終わり日本弱体化(民主化)も完成するとみたからだ。
・バーンズ講和案:航空機の禁止、興業・商船の制限、常駐して25年間日本を監視する。
・日本外務省:非武装である以上、日本の防衛はアメリカにゆだねて独立するほかない。

②1948年 米ソ冷戦の激化(ベルリン封鎖、朝鮮の分割、中共軍の攻勢)
ジョージ・ケナン、トルーマン大統領による対日政策の転換(日本を共産主義に対するアジアの防壁とする。再軍備要求。弱体化から強化へ)。
マッカーサーは反これに対し続けた。
その結果(再軍備がない以上)、対日講和の無期限延期が決まる。

③1950年 第3次吉田内閣が講和に向けて動き始める。冷戦のために寛大な講和の可能性が高まったからだ。日本側から「英軍駐留の継続」を申し出て本決まりになった。
国務省顧問のダレスが対日講和担当になり来日し、講和交渉が始まった。

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「戦う」を選ぶ生徒

幕末から明治の日本の歩みを学んできて、当時の日本人の置かれた状況・持っていた認識・気持ち・考えを知るようになると、日清・日露戦争で「戦う」を選ぶ生徒が増えてきます。

これは少し説明がいりますが、私の歴史教育の基本は、自分と血のつながった先祖が生きた時代を、できるだけ先祖の立場に立って(今の平和で豊かでわがままな自分の目から見るのではなく)、共感しようとするところにあります。

その上でポイントごとに、キーとなる発問(授業で行う質問のこと)をします。
その多くは日本の運命に関わる選択です。
この選択を「リーダーになったつもりで」考えてもらいます。

実際の先祖はたぶん民衆の一人だったでしょうが、なぜリーダー(統治する側)に寄り添わせるかというと、それは生徒たちがやがて選挙権を持って日本の運命にかかわることになるからです。
立憲制度における国民は「統治される人」であると同時に「統治する人」であることを求められているからです。
歴史教育は、このような立憲制度に資するという一面があると考えています。

さて、日清戦争で「(私が伊藤博文だったら)戦う」とした生徒はこう書いています。

■今まで日本は天皇中心に団結して歩んできて、富国強兵を進めてきたが、戦争に負けたときのことを考えると、できるだけ戦争はさけた方がいい。
しかし、私は考えた。負けたときのリスクだけ考えるなら、戦争は毎回避けるべきだ。
そりゃ戦争なんかだれだってしたくない。
だけど世界に争いは続いている。
そんなにさけるなら、早く争いのない世界にしろ!
でも、人間そんなにうまくいかないから、ここで日本には国を守るために勝ってほしいと思った。
もし負けたら、また一歩ずつ歩めばいい。

で、彼女はこの授業が終わった後こう書きました。

■清との戦争に勝ったことで日本という国にみんなもっと自信を持ってほしい。愛国心と自分の国(日本)への自信を大切にしよう!

日露戦争の授業ではこう書いています。

■戦争は負けたときのリスクもあるけど、勝ったときの喜び・利益もある。今回は日本だけじゃなく、白人の植民地になっているアジアの人々に、大きな自信と希望をGET!
これは大きい。

列強の一員となった日本の授業ではこう書いています。

■私は、すべての国が、独立できるだけの力が必要だと思いました。
じゃないと、後々、国としてみてもらえなくなりそうだし(植民地)、それで、列強になめられて戦争をふっかけられても困る。各国は、まず軍事力を高めた方がいいと思いました。
とにかくたいへんだったけど富国強兵の日本が成功して良かったと思いました。
松陰先生や高杉さんも喜んでいると思います。

こういう授業を始めたのは20数年前ですが、この生徒の考える力はしっかり育っていると、私は思います。
しかし、20年前にこういう日露戦争の授業を『社会科教育』(明治図書)に発表したときは、名だたる教育大学の教授方に総スカンでした(北海道大学の安藤先生だけほめてくれましたね!)。
それがみな口裏を合わせたように、「歴史で戦争を教えたら児童生徒が反戦の強い意思を持たなければいけない」「侵略戦争に反対する児童生徒を育てることが教育の目標だ」というご指導ばかりでした。
たぶんいまも変わらないことでしょう。

ほんとうの歴史を教えれば、安全保障・軍事力の重要性も自然に理解できると考えています。
大学生までに健康な安全保障の考え方を身につけることは、立憲国家の基礎基本ではないでしょうか。

「平和教育のために近現代の歴史教育を行う」というのは、煎じ詰めれば「近現代の世界では日本だけが悪かった」と教えることです。
これは明白なウソです。
憲法9条があり、日本だけが軍隊を持たなければ世界は平和でしたか?
憲法もウソのかたまりでしたね。


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特定秘密保護法を教える

ちょっとしたすき間時間を使って時事問題を教えることがあります。
最近ではマスコミの大騒ぎの末に成立した「特定秘密保護法」を話題に。

中学生の多くは知りません。知っている生徒はいい印象を持っていませんでした。

■国の安全と秩序を守るためには、どの国にも秘密があります。
日本はスパイ天国です(北朝鮮拉致など)から、政府が国の秘密を守ろうとするのは、私たち国民の安全を守るためだと考えるのが世界各国の常識的な考え方です。

■では、どうして反対する人がいるのでしょうか?
「表現の自由、知る権利が侵される」という批判が巻き起こっているそうですが、ほんとうでしょうか?
国の秘密を知りたいのは、ふつうは敵国のスパイか、スパイに情報を売りたい悪人ではないかと思いませんか?

■では、この法律で処罰されるのはどんな場合か、法律を見てみましょう。

******************************
秘密をもらしたり、秘密を盗んだ人への罰

■秘密を守るべき人(政治家や公務員など)がその秘密を漏らした場合は罰せられます。

■秘密を知った人が、その秘密を次のような方法で知った場合は、罰せられます。
 1.人を欺き、人に暴行を加え、または脅迫する
 2.盗み取る
 3.施設に不法に侵入する
 4.不正なアクセスで盗み取る
 5.2、3、4以外の特定秘密の保有者の管理を侵害する行為

■このような不法行為の「未遂、共謀、教唆(そそのかし)、煽動(あおってやらせる)」も罰せられます。

***********************************

■新聞やテレビが大声でさわいでいますが、この法律で困る人は誰ですか?

「日本をうらんでる国のスパイか工作員じゃね?」
「北朝鮮と関係あるかも」

■事実を知り、対立する意見を聞き、自分の頭でしっかり考える、かしこい国民になりましょう!
みんなが同じことを言ってるときは気をつけなければいけません。
とくに、権利とか平和とか誰も反対できないような正義の理由で、みんなが同じことを言い始めたら気をつけましょう。


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続「幕末から明治の日本」をこう学んだ

■新しい歴史教科書を作る会の『新しい歴史教科書』(自由社)で授業をしています。その内容を発信していますのでどうぞ読んでください。

続「幕末から明治の日本」をこう学んだ

*続編も中学2年生の女子のノートからです。彼女のノートは1年生から数えて3冊目で、授業3から始まっています。

3 ペリー来航と開国
・黒船というのは見た目もすごく強そうでこわいと思いました。白旗を持ってきて「降伏させる」というのは少しむかつきますが、日本は平和主義なので、爆弾を落とされたら困るので、阿部正弘の選択は間違っていません。しかし、やはりくやしいと思いいました。

4 不平等条約とその後
・私は攘夷派を選びます。この条約は日本がとても不利で、植民地にはされたくないからです。
・日米修好通商条約はとても日本に不利すぎます。不平等条約にもほどがあると思います。しっかり戦って、どうにかして植民地にはならないようにしてほしいです。

5 尊皇攘夷運動1「吉田松陰と松下村塾」
・日本全体のためにつくす志がある吉田松陰をとてもかっこいいと思いました。あこがれました。吉田松陰は、とても強い心で野山獄を学校みたいにかえてしまいすごいと思いました。また松下村塾では、無料で勉強を教えて、これから国を作りかえていく志士たちをたくさん育てました。死刑になったのはとても悔しいです。

6 尊皇攘夷運動2「高杉晋作と国作りの大方針」
・日本を西洋列強と対等につきあえる国(独立国)にするという高杉の目標がすごいと思いました。日本を植民地なんかにされてたまるかという強い心が伝わってきました。

7 生麦事件と薩英戦争
・「薩摩藩はどうすべきか?」私の考えは「賠償金は払うが犯人は渡さない」です。犯人も悪いところはあるが相手のイギリス人もそのまま行列に乗り込んで来たので、相手も悪いです。犯人は殿様を守るためにやむをえずやったことなのでしかたがないと思います。それに両方受け入れてしまったら、日本は何でも言うkとをきくと思わせてしまって、植民地にされてしまうかもしれないからです。
・大久保利通の勇敢な心に感動しました。両方とも断り、日本の法律を守れとうったえ、西洋列強の中でも一番超大国のイギリスと戦ったことはとてもすごいと思いました。

8 坂本龍馬と江戸幕府の滅亡
・坂本龍馬にとても感動しました。日本のために、幕府に大政奉還をすすめ幕府を終わらせました。それは、国内戦争なしで幕府を終わらせて、天皇中心の国を作るというものすごいアイデアでした。とてもよかったと思います。「この同盟は長州のためでも、薩摩のためでもない。日本のためじゃ!」という言葉はとてもすごいと思いました。

9 戊辰戦争と明治維新
・日本のためによりよい方針を考えてくださった西郷隆盛さんと勝海舟さんにとても感激しました。外国(イギリス・フランス)の援助をことわり、、日本が植民地にされないように、天皇中心の国という目標をかかげ、戦争を止めてくれました。おかげで江戸は火の海にならずたくさんの命も助かりました。

10 中央集権国家への道
・私は廃藩置県には反対です。確かに新しい国作りの目標は大切ですが、日本を強くしたいのならば武士は絶対必要だと思います。今まで国のために一生懸命つくしてきた武士がいっきにクビになるのは、ひどすぎると思います。
・みんな国民になり、四民平等になりました。みんな平等はとても平和的でいい案だと思いましたが、私的には武士のリストラは今でもなっとくいきません。

11 三大義務の改革
・結果的に中央集権国家になり、天皇中心の政治が進められるようになってよかったです。学制発布で義務教育が始まり、子供はみんな勉強ができるようにしてくれたのはいいことだと思います。これがなければ、今私たちは勉強できないでいるからです。がんばって勉強したいと思います。

12 国境の画定
・私は、1875年に千島樺太交換条約を結んでいるのに今ロシアが北方領土を占領しているのはおかしいと思いました。琉球の漁民が殺害されて、台湾もひどいです。日本人のようなユーモアがなさすぎると思いました。日本も確かに殺人事件がないわけではありませんが、でもひどいと思います。清と平等条約を結べたのは良いと思います。その結果、朝鮮は清の属国なので日本と対等条約を結べませんでした。

13 岩倉使節団と征韓論
・西郷隆盛の意見もわかるけど、大久保利通の意見の方が現状に合っていると思う。外国はいつ日本にせめこんでくるのかわからない。

15 自由民権運動
・私は政府の考え(伊藤博文)に賛成です。いずれは民撰議院にするべきだと思いますが、まだ日本は強くありません。それでもし間違ったリーダーがたくさん選ばれてしまったら、また昔にもどってしまうかもしれません。そうすると、いまよりもっと大変になってしまうので、時間をかけてやったほうが安全だと思います。
・9年後に国会を開くと約束して、きちんとその約束を守った政府がとてもすごいと思いました。自由民権運動側も賛成しましたが、伊藤博文が言ったように、時間をかけてやったほうがいいと思いました。結果的に内閣制度もでき、急いで適当に選ばなかったので、伊藤博文が日本にいて良かったと思いました。

16  大日本帝国憲法と帝国議会
・「法律と予算」私はまだ議会にすべてを決めさせるわけにはいかないと思います。
・私の考えとは逆で、伊藤はすごく進歩的な憲法をつくりました。衆議院議員選挙で本当の意味で四民平等になったと思います。リーダーがきちんと国民の中から選ばれるようになったのはとても良いと思います。天皇中心の国に一歩前進できたと思います。

17 条約改正の歩み
・陸奥宗光や小村寿太郎が治外法権の撤廃と関税自主権の回復をしてくれたので、不平等条約平等条約になり、「西洋列強と対等につきあえる国」という目標が達成されました。ノルマントン号事件はひどすぎます。イギリス人は全員助かり、日本人乗客は260人亡くなってしまうのは不平等すぎます。でもその不平等条約が改正されたので、今のすばらしい日本ができたんだと思いました。

18 日清戦争
・私は日清戦争に反対です。確かに朝鮮を清から独立させることは必要ですが、ロシアや清は大国すぎて相手にならないと思います。国民の命の方が大切です。

19 日英同盟
・日本は清と戦い勝利して遼東半島を手に入れたのに、それを関係ないロシア・フランス・ドイツが清に返せと行ってくるのはおかしいです。確かにことわれば戦争になってしまいますが・・・でもがんばって日本のために戦った人々にしつれいだと思います。 
・私は日英同盟に賛成です。ロシアと同盟を結べば、戦争はさけられますが、(遼東半島を取られた)清のようになってしまう可能性もあります。イギリスと同盟を結び、日本をロシアから完全に守るために戦争に勝つべきだと思います。

20 日露戦争
・日露戦争で勝利したことはとてもすごいことだと思います!!
これによって西洋列強に入れたことは、日本がアジアの中で唯一強い国だと認められたことです。
これで日本も安心です!

21 韓国併合
・日本の植民地になったのに、こんなに援助しているのは日本はすばらしい国です。奴隷などは絶対につくらず、アジアの国々を支えているのに、他の国が日本を悪者あつかいしてくるのはおかしすぎます。

22 世界列強の一つになった日本
・孫文が日本に学んで、日本人もたくさん援助して、中国を良い国にしようとしたのに、それを袁世凱がめちゃくちゃにしてくれたのはひどすぎます。


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「幕末から明治の日本」をこう学んだ

■日本を建て直すカギはいくつかあると思いますが、その重要な一つは歴史教育の改革だと考えてささやかな努力を重ねてきました。全国の小中学校で、こうした歴史教育を20年くらい続ければ、未来に光明を見いだせるかもしれない。そう考えて、微力ながら発信し続けています。

「幕末から明治の日本」をこう学んだ

*今回は一人の生徒のノートを追いかけてみましょう。中学2年生の女子です。生徒のノートには、私が黒板に書いたこと、私が話したことのメモ、発問に対する意見や理由、そして最後に授業についての短い感想などが書いてあります。ここでは幕末から明治まで、22時間分のの授業名と、彼女の意見や感想文だけを抜き書きしていきます。

1 せまり来る西洋と徳川幕府
・異国船が次々にやってきて、アヘン戦争も起きました。これからどうなるのかなと思いました。

2 江戸時代ヨーロッパでは
・どうして西洋列強がアジアまで来るのかが少しわかりました。油断ができません。それはそうと、私は今回の試験でかなり成績がアップしました。1年生の頃は歴史は苦手と思っていたので、全然だめでした。ある日、本を読んでいたら、主人公が歴史が得意な子で、私はその子に憧れて、歴史を勉強したい!と思うようになり、歴史の本も読むようになりました。すると成績が上がりました。大事なのは、歴史を自ら学ぼうとする姿勢でした。歴史が好きになりました☆

3 ペリー来航と開国
・30歳ほどの若さでここまでできる、がんばれる人はすごいと思いました。今この時代でも、のような人材が増えてくれば、日本はもっと発展できると思いました。阿部正弘は尊敬できる人物です。

4 不平等条約とその後
・私は攘夷派です。なぜかといえば、今までずっと続けてきた伝栂崩れてしまうのがいやだから。また、朝廷の許しを得ずに勝手に決めるのはやはりよくないと思います。
・日本のプライドもあるし、外国人に日本のことを勝手に決められるのは嫌だと思いました。私が当時の侍でしたら、きっと攘夷派を選びます。

5 尊皇攘夷運動1「吉田松陰と松下村塾」
・やはり日本の歴史を動かすような偉人は、普通の人とはどこか違っていると思いました。日本全体を考えることが大事だと思いました。

6 尊皇攘夷運動2「高杉晋作と国作りの大方針」
・やはりみんなの先頭に立つ人は、幕府とか長州藩のことではなく、日本全体のことを考えているなと思いました。この人のおかげで、今私は平和な生活を送れることを自覚し、深く感謝し、しっかり勉強します。高杉晋作スゴイ!!!

7 生麦事件と薩英戦争
「薩摩藩はどうすべきか?」・私は、2万5千ポンドを払って、犯人は渡さないことにします。イギリス人が死んでしまったのだからお金は払った方がいいけど、きった武士は殿様を守るためだから悪くないと思う。
・幕府の28万両はかなりの大金だし、確かに渡すのはちゅうちょするけれど、のろのろしていたらイギリスに何をされたかわからなかった。小笠原さんのとっさの行動に驚きました。

8 坂本龍馬と江戸幕府の滅亡
・偏差値はそれほど高くなかったみたいですが、坂本龍馬を見て、人は成績やペーパーテストで決めつけてはいけないなと思いました。

9 戊辰戦争と明治維新
・西洋のねらいを見抜いた西郷さんと勝さんはすごいと思いました。東京の地名の意味やいつごろ江戸が東京になったかなんて考えたこともありませんでした。天皇中心の国ですね!この授業でまた私は一つ学ぶことができてよかったです。白虎隊のお話はしょうげき的でした。

10 中央集権国家への道
・「廃藩置県」私は今すぐ実行すべきを選びます。日本は日本一つでじゅうぶんです。それ以上たくさんの小国があっては団結できないし、他国から攻撃を受けたとき、いくら藩の武士たちが強くても、日本がバラバラでは勝てるわけがありません。日本が滅びてしまう前に、早く廃藩置県をすべきです。
・廃藩置県て、ただ藩を廃止して県を置いただけのことだとおもっていたけど、深い意味があったことを学びました。こんなリストラを受け入れた潔い武士には、ただただすごーいという一言です。

11 三大義務の改革
・学校ができ、強い軍隊ができ、税の仕組みができました。現在は10%ですが、もし当時10%だったら相当大変だったろうなと思いました。税のおかげで富国強兵もできます。税はイヤだなと思ってただけでしたが、今日はっきり考えが変わりました。

12 国境の画定
・やっと国境が決まり、勝手にとられてるということがなくなり安心です。戦争もせず、交渉だけで千島列島をぜんぶ取った榎本武揚はすばらしいと思います。この人こそ今の日本に必要な存在ではないでしょうか。

13 岩倉使節団と征韓論
・西洋文明を見て40年で追いつく!と宣言し、それを実行し、成功させることはとても難しいことです。私たちの先祖はそれを成功させたんですね。まさに有言実行だと思いました。すばらしいです。

14 西洋人が見た幕末・明治の日本人
・これを読んで、日本人として誇りを持ってもいいかなと思いました。現代の日本人にはシャイな人が増えて、ろくに挨拶できない人もいるけど、誰かのために無償でがんばる人、自分の仕事に責任を持つ人は今も健在です。昔のご先祖様がこんなにすばらしかったのだから、心がけしだいであいさつのたえぬすばらしい国になれるはずです。どんどん日本が良い国になってくれたらうれしいです。

15 不平等条約改正の歩み
・不平等条約のせいで昔こんなことが起きていたなんて、ノルマントン号事件だけじゃなかったことを初めて知りました。とても悔しく思います。しかし、1894年、様々な人たちの努力により、日本は列強と対等な国になることができました。ほっとしました。努力が認められたのだと思いました。

16 自由民権運動
・「憲法と議会どうするか?」私は、政府派の「時間をかけてやろう」に賛成です。自由民権と政府は目標が同じ文明国日本なんだから、時間をかけてしっかり進めるべき。何事も焦ると失敗します。いまやることはまず富国強兵です。たくさんお国を参考にして慎重決めよう!
・西郷・大久保・木戸がいあんくなり、伊藤・板垣・大隈が出てきました。素敵な国をつくってくれるとうれしいです。憲法を学ぶために自ら留学する伊藤博文を見て、リーダーシップのある日本代表にふさわしい人であると思いました。

17  大日本帝国憲法と帝国議会
・待ちに待った憲法がようやくできあがりました。私は塾でも小学校でも、大日本帝国憲法は天皇独裁で悪いものだと習ってきましたので、とてもしょうげき的でした。いちばんよかったのは「憲法とは日本の長い歴史と伝統を受け継がなければならないのだ。西洋のものを写した憲法では、日本の憲法にはならない」というところです。実際の憲法は、世界の国々も認めるすばらしい憲法だったとわかりました。

18 日清戦争
・どんなに人を殺すのがよくないか小さいときから聞かされていた私にとって日清戦争は考えられませんでした。でも、戦争の本当のその当時のことや日本の考えを聞いて、その当時の人々はどのような気持ちだったのでしょうか。そう考えるようになりました。もっと当時の人たちの心によりそって物事を考えることが大事だと思いました。

19 日英同盟 
・今日、臥薪嘗胆という四字熟語を習いました。私は知っていたので、ロシアに勝手なことをされていた当時の人々がどんなに悔しかったかがよくわかりました。柴五郎さんの活躍は誇らしい限りです。

20 日露戦争
・ロシアというと世界一大きな国。そんな国に日本が勝ってしまうなんて信じられない驚きです。やはり日本はすごいなと思ったし、戦いを勝利に導いてくれた小村さん、伊藤さん、東郷さん、乃木たちもすばらしいと思いました。今の日本の政治家たちは国会の様子がテレビで放送されているにも関わらず、堂々と居眠りしています。まるであたりまえのように。今の政治家の方たちには大和魂が足りないと思います。日本の将来を担うという大切かつすばらしい仕事に誇りを持ち、日本をすばらしい国にしたいという気持ちが大切だと思います。

21 韓国併合
・なぜ一番ひどいことをしている李朝に文句を言わず、優しくしてあげた日本に猛反発するのでしょうか。日本に甘えすぎではと思いました。恩を仇で返すとはこのことだなあと思いました。

22 世界列強の一つになった日本
・私がほかの本で読んだときは、清→中華民国というふうに書いてあったので、実際は中国は分裂してばらばらになったと知ってとても驚きました。清の一部が中華民国となり、残りは別々です。


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「幕末から明治の日本をこう考えた」 2

■日本を建て直すカギはいくつかあると思いますが、その重要な一つは歴史教育の改革だと考えてささやかな努力を重ねてきました。全国の小中学校で、こうした歴史教育を20年くらい続ければ、未来に光明を見いだせるかもしれない。そう考えて、微力ながら発信し続けています。

第2回「幕末から明治の日本をこう考えた」

*期末考査の解説を簡単に済ませて書かせてみました。中学2年生です。


◆幕末の長州藩に吉田松陰がいました。松下村塾をつくりました。おかげで、高杉晋作や木戸孝允らという藩を動かすような人たちが出てきました。
日本は独立したいという尊王攘夷運動が始まりました。しかし、動き始めたのはいいものの、生麦事件を起こし、撮影戦争をしましたが、西洋の軍事力は日本の倍以上あると身をもって体験。
また、倒幕運動に変化。その結果幕府は滅亡。明治維新という。
明治天皇が五箇条のご誓文を出し、日本が西洋文明を取り入れる第一歩になった。
また、明治新政府として岩倉使節団が、アメリカとヨーロッパに派遣された。
明治改元以後も西洋列強はアジアの植民地化を進めていた。帝国主義だ。
日本は強い国になろうと、富国強兵を合言葉にした。
殖産興業で近代産業を育成させた。経済力がないと強い軍隊を作れないからだ。
松下村塾に通っていた伊藤博文が出てきて、内閣制度や憲法をつくり、日本を動かしていった。
そしてついに、日露戦争が始まった。普通なら負けてしまいますが、日本の愛国心というものが大きく、この戦いに勝利した。
大国ロシアに勝った日本はとうとう西洋列強と対等になった。独立が守れた!
しかし、西洋列強は、あまり日本のことをよく思っていない。日本はアジアの国だからだと思う。
私なら、心がさびしくなり、こわれてしまいそうで、とてもたえられない。しかし、日本が一つになっていればいるほど、温かみを感じ強くなれる気がしました。


◆幕末から明治までたった50年ほどです。
その間に日本ではいろいろなことが起こりました。アヘン戦争にびっくりしてから、不平等条約を乗り越え、いまの日本があります。
そこにはたくさんの人たちの苦労と努力がありました。
私は江戸城無血開城にいちばん感動しました。
その後も日本はいろいろな苦労を経験しました。
ロシアとの戦争に勝って対等になったにもかかわらず、西洋列強から受ける新たな差別。
しかし、たくさんんお苦労を味わっていく中で、日本がどんどん成長していく姿を、歴史を学びながら感じました。
世界に誇れる輝かしい日本をつくってくれた歴史上の人物たち、そしてご先祖さまに感謝したいと思います。

◆徳川幕府の時代、大きな争いもなくゆらぐこともなかった日本が、世界の戦乱時代の荒々しい流れにまきこまれた。それが幕末だと思いました。
この国を守っていくために、長い歴史のある独立を守るために、西洋の列強諸国の植民地にされないために、武士たちが意見を言い合い、そして、汗と血を流して、命を捨てでも、変わろうとした時代でえした。
私はこの時代が好きです。

尊王攘夷運動、薩長同盟、大政奉還、王政復古、戊辰戦争。
平和だった武士と農民と町人の国が、新たな国に生まれ変わっていく瞬間だと思いながら授業を受けました。
西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、坂本竜馬、高杉晋作など、どの人物も偉大な人々でした。
そして、徳川幕府が滅亡し、明治政府の国家建設が始まりました。
廃藩置県では、天皇中心の中央集権国家を作り、武士も身分もなくなり、列強国に習いながら、素晴らしい国になっていったと思います。憲法を作り、国会を開き、アジア初の立憲国家になり、あらゆる面ですごい進歩をとげていきました。日本はアジアを代表する国になりました。
しかし、強い諸外国とかかわることによって、たくさんの問題に直面して行きました。
外国との争いも多くなり、日清戦争や日露戦争になった時は、どうなるんだろうとひやひやしました。
大きな国清国やロシアとの莫大な規模での戦いが起きました。
でも日本は両方とも勝利しました。たくみな戦術もあり、国民が一丸となった瞬間でした。
そしてやっと西洋列強の仲間入りができました。
でも、この戦いで負けていたらいまの日本は本当になかったと思いました。

私はこれまでの歴史を学び、日本人の国民性や行動力はとてもすばらしいなあと思いました。
また、今この時代を生きる者として、私たちの先祖をとても尊敬しています。
自分も、この国を思う心を持ち、伊藤博文などたくさん偉大な人間のようになりたいと思います。



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「幕末から明治の日本をこう考えた」 1

■日本を建て直すカギはいくつかあると思いますが、その重要な一つは歴史教育の改革だと考えてささやかな努力を重ねてきました。全国の小中学校で、こうした歴史教育を20年くらい続ければ、未来に光明を見いだせるかもしれない。そう考えて、微力ながら発信し続けています。

第1回「幕末から明治の日本をこう考えた」

*期末考査の解説の時間を使って、10分間ほど書かせてみました。中学2年生です。

■私は、幕末から明治時代までの日本は、世界に追いつこうと努力する時代だと思いました。
はじめは不平等条約を対等にして国を発展させようとしましたが、きっぱりと断られてしまいました。
しかし、海外まで行き、憲法を研究して、憲法と国会をつくり、最後は日露戦争に勝って不平等条約を改正しました。
私は明治の人々をとても尊敬しています。
国のことなら、何年かけてもあきらめないというところが、とても尊敬しました。
私もこのような人になりたいと思います。

■ぼくは、幕末から日露戦争までの時代が、歴史の中で一番大切だと思いました。
植民地になるかならないか、ロシアなどに支配されるかされないかのぎりぎりのラインをたどって、今の日本があるからです。
植民地にされていたら、たぶんいまのぼくたちはいないし、日本自体がなくなっていたと思った。
この時代に、日本が西洋列強と同じ地位までに行ったのは、すごいと思います。
小さな国で、軍事力も小さかったのに、何十年もがんばってよく戦ったと思いました。

■これまで日本は、国内・国外に変化があった場合、リーダーたちが知恵を出し合い、話し合いをして最良の手段を選んできた。
今回も、外国による大きな圧力に対して、幕府や志士たちが話し合いをしたり戦ったりして対立が生じた。
結局この対立に勝ったのは近代的な意見だった。
そして決まったことに国民全員で歩んでいった。
日本の特徴は、時代や人が変わっても、先代の意見を受け継いで、今のことや先のことを考えて行動する。
また、やることは最後までやるため、著しく成長する。
明治時代は、日本がこれからどこまで成長できるかを決めたスタートラインだったのだと思う。


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プロフィール

授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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