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昭和の戦争ノート6

コミンテルン第6回大会決議によれば、
国際共産主義運動の軍隊に関する認識は次の通りでした。


共産主義者は、
その国の軍隊がいかなる階級の武器であるかを十分検討して、
その態度を決めなければならない。
その場合決定的な意義を有するものは、
その軍隊の性格が帝国主義的であるか、
または、
プロレタリア的であるかにある。



労働者を軍国主義化する帝国主義は、
内乱戦に際して、
プロレタリアの勝利をもたらす素地を作るものであるから、
平和主義者の主張する反軍国主義とは立場を異にする。
われわれの立場は、
労働者が武器を取ることに反対せず、
ブルジョアのための帝国主義敵意軍国主義化を、
プロレタリアートの武器におきかえるのである。



では2/26事件の日本の軍隊はどのような性格をもっていたのでしょうか。
2/26事件被告の新井勲元陸軍中尉は、
次のように証言している。



政党政治が崩壊しても、
それだけで青年将校の国家改造運動はおさまるはずはなかった。
昭和3年以来全国を襲った深刻な不景気、
特に中小商工業者や、
農山漁村の困窮を最も敏感に感じ取ったのは、
兵と直接接触する将校である。
腐敗した政党とどん欲な財閥を打倒し、
下層階級を救おうというのが、
彼らをつらぬく思想であった。
陛下の赤子といわれるのに、
一面では栄耀栄華に暮らす者があるかと思えば、
働けど働けどその日の生活にあえぐ者があった。
中でも東北地方の冷害で、
満州に出征した兵士の家庭では、
姉妹が娼妓に売られる悲劇さえ起きていた。
この社会矛盾の解決なしには、
青年将校の間に広まった国家改造の機運は、
おさまる道理がなかった。



日本の軍隊の一部は、
まぎれもなく反ブルジョア的な、
プロレタリア的な性格を持つに至っていたといってよいでしょう。

この性格は、
やがて軍部全体に、
共産主義者から天皇制共産主義者(ファッショ)に転向した官僚たちに、
さらに言論界全体に広がり、
共産主義者尾崎秀実の運動とも、
ぴったり一致することになります。

(この記事は、三田村武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略』による)


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