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昭和の戦争ノート9

近衛文麿の、国民政府相手にせずの声明は、
王兆銘政府の擁立が前提とされており、
それは、はじめから戦争の永続化と、
戦時体制という名の体制革新(擬社会主義体制化)が目指されていたというのは、
ほんとうでしょうか。

そして近衛側近のこの構想は、
尾崎秀実の敗戦革命構想と表裏一体だったというのは。

三田村武夫は、
皆が尾崎とコミンテルンにはめられたのだと言おうとしています。

しかし、それはないだろうと思います。

多くの軍人や政治家や言論人が、
日本の方途を考えたとき、
同じ構想に立ち至ったということは大いにありうることだと思えました。
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