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授業は続くよ

韓国併合~ベルサイユ会議まで4時間+αの授業をやりました。
う~むという感じですが、少しずつやりたいことが出てきます。

今回は日本の台湾・韓国統治が、西洋列強の植民地収奪とはまったく違うものであったことを徹底的に教えました。生徒は感動しています。

日本は、地域の安定や自国の防衛のために、また血を流した結果である利権のためには、日仏協約などのように、列強としての相互の立場を認め合わざるを得ませんが、共に新しい世界史をつくっていこうという気概に燃えていたのです。八田與一の人物伝も読ませました。

さて第一次世界大戦のドイツ利権は、これまでの戦争目的とはちがって、あたりまえの帝国主義国としてふるまいました。しかし、パリ講和会議では、つぶされはしましたが、人種差別撤廃条約の提案で気を吐きます。

生徒たちは、列強と互してガンガンやりながら、同時に有色人種解放路線を忘れていない日本に共感しています。
綱渡りのような危機感はなかなかわかりませんが。

さて、ここから先ですが、満州事変から大東亜戦争敗戦まで、2つの解釈を並行して進めようと考えています。

いままでは、東京裁判史観という明白なウソも教科書の範囲で教えつつやっていましたが、中韓の反日がますます露骨になる状況では、これはもはや無意味な教育になりはてました。

そこで、次のような2つの解釈をぶつけていこうと考えているところです。

A 対欧米植民地解放戦争を天命として受け入れて壮烈に戦い、敗れたがアジアの植民地はすべて独立できた。

B 日・米の政府はともにコミンテルンの情報戦にはめられて、大東亜戦争を戦い敗れた。戦後、中国やアジアの植民地の多くは共産主義化していった。


まだ、生煮えで具体的な方向も手探りですが、どこまでいけるかやってみます。

素直に見れば、国民の多くはAで戦い、戦争の現実はBであり、戦後はCの東京裁判で生きてきた。となるのでしょうか。Aの虐げられた弱者救済路線とは、Bのコミンテルンの宣伝にぴったりはまるものだったように思われます。

しかし、どのように理解するにせよ、国家・国民のために生命を捧げて戦った兵士・英霊・国民の思いと行動は絶対的に肯定的に教えなければならないと考えています。

戦後史も変わってきます。戦後63年は「独立国」とは言えない国だったが、これから聖徳太子の基本方針「強大な帝国とも対等につきあえる独立国」となるために、国づくりを進めましょうという現在進行形の歴史授業で終わるようにしたいと思います。
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