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10/29(国家神道について)

憲法について勉強しようと思っていますがなかなかはかどりません。
葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』(神社新報社、昭和62)を読んでいます。
ほぼ全ページ知らないことばかりでおどろいています。
というか、ぶん殴られるような読書の秋です(笑)。

ちょっとだけ紹介します。

明治5年、島地黙雷という真宗の僧侶が新政府に以下のような建白をしました。

「神道について臣はことごとく知るわけではないが、それが宗教でないことだけは確かである。
神道とは朝廷の治教である。
古くから天皇は神道の治教を保たれた。
宗教として儒仏を用いたまうことがあっても、制度としては漢洋の風を模せられても、歴代天皇は天祖継承の道を奉じて国民に君臨したもうた。
これが惟神(かんながら)の道であり、朝廷の百般の制度、法令、みなことごとく神道である。
この皇室の神道こそが惟神の道である。
ただ近世にいたって、私に神道者と称するものが宗教まがいの説を立てて、勝手に自らの一私説をもって、それを皇室の「神道」であるかのごとく曲解せしめようとする者があるが、それは皇室の神道を小さなものにしようとする誤りである。神道とは決して宗教にあらざるものであり、天祖いらいの治教の大道である。」(建言「教導職治教、宗教混同につき」)

黙雷は長州の維新者に大きな影響を与えた人物であり、吉田松陰の倒幕論も黙雷に由来するそうです(長州は真宗、薩摩は神道らしい)。

それはともかく、この「神道は宗教ではない」という説が、明治大正昭和のいわゆる「国家神道」の原理になりました。

島地黙雷は、英国以下の欧州君主国がキリスト教を「国教」とするように、政府が神道を国教とすることを恐れたため、つまり神仏分離後の「廃仏」を恐れたために、この建言をしたそうです。
これは、民間の神社への国民の信仰を皇室の神道とは分離するというアイデアでした。

神道には3つある。
A 皇室の神道、
B 水戸学や本居平田学などの神道、
C 民間の神道(村の鎮守やお稲荷さんなど)。

皇室の神道(近代日本という国家)を守るために、BとCの神道は別物であるとするわけです。
Bは一私人偏見であり、Cは未開原始のアニミズムすなわち迷信邪教とするものですね。

昭和の動乱期に民間神道の興隆に激しく圧迫されて多少流れが変わることもあったようですが、政府の考え方は一貫していたようです。
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