中学2年「ハルノートとわが国の選択」

1 経済封鎖される日本
◆前時の結論を教える。
『日本は松岡洋右の直言を否定し、ほぼまとまっていた「南進論」でいくことを選択しました』

*世界恐慌以来、わが国は列強のブロック経済に苦しめられてきたが、1939年の日米通商航海条約を延長しないという通告で危機感を高めた。各国による日本に対する経済封鎖を、わが国は「ABC包囲網」とよんでいた。

*ABCDの4カ国がどこかを生徒に聞きながら確認していく。
・Aはアメリカ、Cはチャイナ(シナ)はみんなわかる。Bがブリテン(イギリス)は半分くらいわかる。Dは各学級1~2名わかった。ダッチ(オランダ)である。ロイヤル・ダッチ・シェルの貝のマークの話しなどする。
*教科書の図を見る。
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2 日米平和交渉
◆シナ事変の英米の国民党援助や経済封鎖を通じて、わが国と英米との対立が鮮明になってきた。近衛文麿首相は日米戦争を避けようとして日米交渉を開始した。話し合いは難航する。

1941(昭和16)年 4月 日米平和交渉が始まる。

◆わが国は、援蒋ルートを絶ちきるために南部仏印に進駐した。これは1940年9月の北部仏印進駐からの展開で、援蒋ルートを絶ち切りシナ事変を終わらせるためである。
*仏印がフランスの植民地(仏領インドネシア)のことで、いまのベトナムにあたることを確認する。また、フランスのビシー政権と協議して平和裏に軍を進めたことも教える。

1941(昭和16)年 7月 帝国陸軍の南部仏印進駐

◆アメリカはこれを「アメリカの植民地フィリピンへの軍事的な威嚇である」として、わが国の生存を脅かす通告をする。

1941(昭和16)年 7月
①在米日本資産の凍結(アメリカにある日本人の財産をすべて使えないようにすることです)
②日本への石油輸出の全面禁止(多くをアメリカからの輸入に頼っていた石油が入らなくなります。日本の生存がおびやかされました)

◆8月、アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトとイギリス首相チャーチルは大西洋上で会談を持ち、大西洋憲章を発表した。これは、アメリカがイギリスやソ連と連携して、ドイツと日本に対抗する姿勢を公然とするものだった。
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1941(昭和16)年 8月  大西洋憲章(領土不拡大・国境不変更・民族自決)

『これまで弱肉強食のルールでやってきたが、これからは禁止だ。軍事力で植民地を取ったり、領土を広げるのはダメだ。そういう第1次世界大戦後に決めたルール変更を確認して、ナチスドイツを批判したものでした。しかし、彼ら自身がこのルールを守りませんでした。有色人種には民族自決権はないままでした。ソ連の領土拡大は認め、日本の北方領土は奪われました。自分たちの都合でルールを変え、自分たちの都合でそのルールも守らない、これが欧米列強のやり方でしたね』 

◆10月、近衛文麿首相は内閣を投げ出しました。シナ事変を意欲的に進め今日の事態を招いた責任者でしたが、アメリカとの戦争が避けられないと見て、責任を放棄したようです。続いて東条英機陸軍大将が総理大臣に任命されました。
近衛文麿2
東条英機

『登場は対米開戦論者でしたが、昭和天皇の御意思が和平にあることを知り、和平交渉の進展に努力しました』

◆しかし、11月、アメリカはハル・ノートとよばれるとんでもない文書を日本につきつけてきた。

*ハル・ノート(日本はインドシナ・中国から無条件で撤退せよ)

◆それは、強固な対米戦争反対論者だった外務大臣東郷茂徳でさえ、次のように証言したものだった。
◆資料「わが国はハル・ノートをどう受け止めたか」

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「わが国はハル・ノートをどう受け止めたか」

(日本がハルノートを受諾した場合)日本が撤兵し、警察官までも即時引き揚げる事になれば、中・南支でも日本がそれまでしたことは全て水泡に帰し、日本の企業は全部遂行できない事になる。また、日本の信義は地に墜ち、地方での排日侮日感情は強くなり、日本人はこの地から退去しなければならなくなる。さらに日本は満州からも引き揚げなければならなくなり、その政治的影響は自ずから朝鮮にも及び、日本は朝鮮からも引き揚げなくてはならない事になる。ハルノートは日本が日露戦争以前の状態になるような要求である。ハルノートは日本に対し全面的屈服か戦争かを迫るものと解釈された。もしハルノートを受諾すれば、日本は東亜における大国の地位を保持できなくなるのみならず、三流国以下に転落してしまうのが、ハルノートを知る者全員の一致した意見であった。

               (東郷茂徳『時代の一面』などより要約)
****************************

4 わが国はどうすべきか?
『当時のリーダーの立場に立って、どうすべきかを次のA/Bから選び、その理由を描いてください』

A 自衛のためにアメリカと戦うべきである。
B ハル・ノートを受け入れ、アメリカとの戦争はさけるべきである。


*2クラスで実施し、結果はA自衛のためにアメリカと戦うべきである(31名)、B(ハルノートを受け入れセンスは避けるべきである(18名)だった。主な意見を以下に示す。

A 開戦論

・ハルノートはあまりにもひどすぎる。日露戦争以前にもどると言うことは、また他国からねらわれやすくなる。アメリカとの貿易も凍結しているので、よけい負けやすくなる。つまり、ハルノートは日本に攻撃させるという挑発的なものである。ここでひいたら立ち直れないと思う。

・いつまでもアメリカのやりたい放題をやらせるのは危険だ。だから、日本がアジアの発展や満州に注いできた力を見せるべき。もし、ハルノートをうけいれ撤退した場合、アメリカは東南アジア、満州は中国かロシアが進出し、アジア全体が日露戦争以前と同じ状況ににもどってしまう。

・自分はAを選びます。理由はアメリカ側がハルノートなど提示してきた時点で、日本をつぶそうとしているのがまるわかりだからです。日本が中国から出て行ったりして、徐々に危機に襲われるより、戦って日本の「大和魂」的なものを見せつけよう!

・私はAを選びます。たしかに平和を守るのであればBを選んだ方がいいと思いますが、これでは明治からの日本の努力が無駄になり、三流国以下の扱いを受けることになります。日本のプライドといままでの努力を考えたら、戦うしかないと私は考えます。

・ぼくはAを選びます。理由はBを選んでも結局は戦うことになると思うからです。Bを選んだ場合、無防備で攻められるので、あとかたもなく負けますが、Aを選べば勝てる可能性があるからです。また、Bを選んだら、日本を強くしようとして日露戦争などを戦った戦死者や兵士の人たちに失礼だと思いました。

・石油もまともにない今、戦うのはとても不利だが、列強の好きにさせるわけには行かない。また、日本は明治から今にかけて成長し、ここまで上りつめた。したがって、日本は意地を見せてアメリカと戦う米である。ここで逃げれば後々後悔することになると思う。

・ハルノートを受け入れたら、日本は他の国にぶじょくされたり、ここまでしてきたことが無意味になったり、それだけでなく、これを受け入れるのなら他のどんなことでも受けいるのでは?と思われて、日本がどんどん不利になっていく気がします。メリットは一つもありません。今のままでは日本が負けてしまう可能性は高いけど、強い日本の軍事力を信じていちかばちか戦うべきと私は思います。

・もしハルノートを受け入れたら、国の誇りと力を失うので、受け入れないで堂々と戦いたい。そうすれば武士としての誇りを失わずにすむと思ったから。いくら強い相手でも屈しないのが日本(武士)だと思う。

・ぼくはAです。そんな勝手なことは許しません。人はなぜいじめられるのか?弱いから?違います。戦う意志を見せないからです。牙を見せればひるむ相手もいます。負けてもいいんです。言いなりになってはいけません。日本バンザイ!

B 避戦論

・Bを選ぶ。なぜなら日本は日中戦争で弱っているから確実に負けると思う。国民の信頼を失うかもしれないが、日本国民は心が良く理解の早い人たちだと思うし、いままでみんなを引っ張ってきた政府に文句を言うはずはないので、決断すれば戦争はさけられると思った。もし戦えば、弱っているの負けてしましたくさんn被害が出ると思う。

・ハルノートを受け入れ、戦争をやめる方が国民的にも死者が出ないですむ。条件的にはよくないと思ったが、せんそうだけはやるべkではない。

・ぼくはBの方がいいと思います。戦争で日本がアメリカに勝つ確率はそんなに高くないと思うし、もし負けた場合、またアメリカにそれ以上のことをつきつけられるだけで、犠牲者が出てしまうので戦争はさけたほうがよいと思います。

・私はBです。立ち向かって戦争をしても、経済など日本より発達してるアメリカに勝てっこないと思うからです。たしかに、イギリスやアメリカはずるいことをやっているし、本気で世界の平和を考えてはいないだろうけど、強いんだからしょうがない。ただ、中国大陸から無条件で出て行けというのはかなりひどすぎるから、少しは変えてもらいたいと思います。

・Bです。アメリカは強いから、負けたとき、植民地になってしまいます。日本への石油の輸出が禁止されて、日本が圧倒的に不利な状況なんだから、ここはがまんすべきときだと思います。「がしんしょうたん」を思い出しましょう。

・今アメリカと戦っても日本は勝つことができないと思う。無理に戦って、すべてを失うよりは、ハルノートを受け入れて、それからまた力をつけていけばいいと思った。

・私はBを選びます。理由は日米交渉を続けても進展がなかったなら、ハルノートを受け入れてここはいったん謝ったほうが、日本のためになると思ったからです。

・戦争をした結果を知っているからかもしれないけど、戦わない方がいい。明治にもどっても、日本ならきっとまたもとにもどれるし、もしかしたら、もっと強置くなれるかもしれない。それに、満州を取られても、日本本土が守れるなら戦争はぜったいにやめたほうがいい。

・国土が小さくなるのはイヤだけれど、国民よりも大事なものなんてない。またがんばればいいんだから!

・ハルノートを受け入れて、一からやり直して行く方が、大きな危険が避けられる。そのほうが、今までの流れを見直しながら、今までよりももっと正しい選択ができるかもしれない。

*すべてではないが、A派とB派それぞれ4名ずつ発言してもらった。
*授業後、どちらでもないという者がいて驚かされた。
その理由(ノート)は次の通りだった。
とくに興味関心の高い生徒がいろいろと情報を集めるようになって、以前の中学生では考えられなかったような学習が起きるようになっている。

C 第三の道

・ぼくは、ハルノートを無視したい。当時のアメリカが平和ぼけしていたなら、アメリカからは日本に宣戦布告ができないので、無視していれば問題はないと思った。

・アメリカはほっといて、インドネシアとシンガポールだけ攻めて石油を確保すればいい。ルーズベルトは戦争はしないという公約で大統領になったから、よっぽどじゃないと自分からはやってこれない。うまくいけば、インドまで攻めてオランダとイギリスの植民地を解放できる。米英不可分論というのが当時もありました。

◆東郷茂徳の文章の続きを教えて、授業を終えた。
「従って、日本は自衛のため戦うの外なしとの意見に一致した」
『日本は、自衛のための戦争を決意し、開戦日を12月8日と決め準備に入りました』



11/19 
明日からちょっとした手術のため病院に入ることになりました。たぶん師走半ばまで更新できませんが、どうか今後ともよろしくお願いします。

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授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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