FC2ブログ

日中戦争(シナ事変)はこう教える

 日本史ランキング


日中戦争(シナ事変)の授業


「日中戦争(シナ事変)」の模擬授業をやりました。これも小学校ではなく中学校で実践したものです。
教科書では
「日本が中国を一方的に侵略した」
「日本軍は中国の人々を残虐に殺した」
と教えています。
侵略した日本は「軍」や「兵」と書かれ、抵抗した中国側は「人々」と書かれていました。
子供たちは「戦争=日本の残虐行為」という条件反射を刷り込まれます。
彼らの自我形成は歪み、自己肯定感はボロボロにされてしまいます。だこのあたりは時間がなくて教えないという教師が多いのも事実です。
授業では史実を検討し子供たちに判断させます。


【問題】日中戦争(シナ事変)の始まりには3つの説があります。
事実に一番近いのはどれでしょうか?
A 日本が中国を征服しようとして始まった侵争
B 中国と日本の両方にミスがあって始まってしまった
C 日本は平和を求めたが、中国軍が挑発をくり返して日本を戦争に引きずりこんだ
これまでの知識で選び、どうしてそう思うかを発表します。
「どうすればそれがわかるでしょうか?」
「事実を確かめるのがいい」
となります。
以下、年表的事実を検討していきます。
1937(昭和12)7月7日  盧溝橋事件
北清事変以来北京にいたシナ駐屯軍(北京議定書により8ヵ国軍が駐屯)が中国軍から発砲されたのでやむなく応戦した。7月11日停戦協定が結ばれ発砲者の取締などが決まった。日本政府は不拡大方針を確認した。
その後も中国軍の攻撃が繰り返された
7月13日 大紅門事件       
トラックが爆破され日本兵4名死亡
7月14日 通州で日本兵惨殺 
7月20日 再び日本軍部隊が盧溝橋付近で銃撃を受けた
7月23日 中国共産党は即時開戦を主張。国民党は河北省全部隊に対日戦争突入態勢を指示
7月24日 郎坊事件
郎坊駅で休憩中の日本兵を国民党軍が襲撃した
7月26日 広安門事件
日本兵が北京の公安門で攻撃され19名が死傷
こういう推移の中でシナ駐屯軍と国民党軍の戦闘が起きた
日本人居留民・・・・・・・14万人
シナ駐屯軍(日本)・・・5000人
中国第29軍・・・・・・・・10万人
日本人居留民の安全を守るために5000人で10万人に立ち向かったのです。
7月27日 
北京城内で両軍の戦闘が始まり、シナ駐屯軍は中国軍を北京郊外へ追いやった。日本政府は3個師団(5万人)の華北派遣を決定。
7月28日 
平津作戦。日本軍が北京・天津とその周辺を制圧し治安を回復した(北支事変とよぶ)。中国29軍の司令官宋哲元は北京から逃亡した。日本政府は現状の平和を維持し戦争の不拡大を決めた。
7月29日 
通州事件(北京近郊)
日本人居留民男女260人(一般市民)が惨殺された
政府と軍部の不拡大方針を非難する声が全国にあふれた。

(注)漫画「はだしのゲン」はほぼすべての学校図書室にある。そこで描かれている日本軍の残虐行為(南京事件で日本兵がやったとされる、死体の陵辱、妊婦の腹を切り裂く、胎児の陵辱、死体の陰部に一升瓶を突っ込む等)はすべてこの通州事件で起きた中国兵の行為です。
人の殺し方にもその国の歴史と文化が現れます。こうした猟奇的な残虐行為は中国の歴史書には繰り返し登場して中国人にとっては当たり前ですが、日本の歴史と伝統には全くありません。日本人ができることではないのです。
はだしのゲン


【問題】国民は戦えと言っています。あなたが政府のリーダーだったらどうしますか?
A 中国の挑発をやめさせるために戦う
B 平和会談を行いあくまで平和を求める


日本政府はおよび軍はB平和会談を行いあくまで平和を求めるを選びました。
8月9日 
日本は「船津和平提案」にもとづいて平和会談が予定した。しかしその日大山勇夫中尉と部下が惨殺され中止になってしまう。
8月13日 
第二次上海事変(蒋介石の命令で中国軍が上海を空爆し、中国陸軍も戦闘開始)が起きた。上海を守る日本兵は400名ほどしかいない。政府は急いで派兵を決定した。
ここから全面的な日中戦争(シナ事変)が始まってしまった。

その後も日本は和平を求めた
10月末  日本軍が上海を制圧した
11月2日 
ドイツ大使トラウトマンを通して再び「船津和平案」を提案
・満州事変後のあらゆる協定(日本の利益)を解消し北京議定書のシナ駐屯軍(5000)にもどす。蒋介石はこの提案をけった。
12月13日 
日本軍は中華民国の首都(南京)を占領。蒋介石は重慶に首都を移して戦争終結はできなかった
12月22日 日本政府は第二次トラウトマン和平工作。蒋介石は黙殺した。
以後、戦争は泥沼にはまっていった。


再度質問します。

【問題】みなさんはどの説に賛成ですか
A 日本が中国を征服しようとして始まった侵略戦争                    
B 中国と日本の両方にミスがあって始まってしまった
C 日本は平和を求めたが中国が挑発をくり返して日本を戦争に引きずりこんだ


大多数はCを選ぶが少数だがBを選ぶ子供もいる。ともに正解とする。Aが当てはまらない理由を発表させる。
日本と中国を戦争に引きずりもうとしたスターリンの考えとスパイたちのことを簡単に教える。


1935(昭和10)年第七回コミンテルン大会ソ連スターリンの演説(日中戦争の2年前)
ドイツと日本を暴走させよ! 
ドイツはフランス・イギリスと戦うように、日本は蒋介石の中国と戦うように工作せよ。
そして戦力の弱ったドイツ・日本とアメリカを戦わせよう。
日本とドイツは必ず負ける。
戦争で荒廃した地域と、疲れきった日独両国で共産主義革命を起こす。必ず成功するだろう。

最後に、日中戦争の日本軍について二つ写真を見せて教える。
(1)中国無名戦士の墓を建て礼拝する日本軍
無名戦士に墓
(2)蒋介石の黄河決壊作戦という残虐な戦い方(関西と四国を合わせた面積が水没し中国人農民がおよそ100万人死亡した)に際して、いったん戦闘をやめて中国民衆を救助した日本軍
救助する皇軍

子供たちは、戦争はまことに不幸なことだが、ご先祖様の選択にはやむを得ない面があったことを知り、その決断と運命に共感します。
また、戦争をやらせて利益を得ようとする悪魔的な勢力(共産主義)があることを知り、平和を守ることがいかに難しいかったかにも気づいていきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック