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歴史授業講座 31「岩倉遣欧使節団」「殖産興業と富国強兵」

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廃藩置県が終わって(封建制度を破壊して)すぐにトップリーダー3人(岩倉・大久保・木戸)が海を渡りました。留守を預かった西郷も偉いがこの決断はふつうじゃないです。

まずアメリカで不平等条約改正の予備交渉に入ったが剣もほろろでした。

「憲法も議会もない野蛮国は国際法のメンバーにはなれません」

伊藤博文はこのときから立憲君主制を生涯の目標としました。

大久保はその後イギリスで「殖産興業」こそ日本が自立する大前提だと考え、ドイツでビスマルクと会って「強兵」こそ自立した日本を守る大前提だと考え、「富国強兵」こそが明治維新の目標を達成する唯一の道だと再度確信することになりました。

伊藤は「憲法をつくり選挙をやり議会もつくったのに、なぜ不平等条約が改正できないのか?」を知っていました。彼もビスマルクの言うことを切実に理解していたからです。

戦争が強くならなければ奴らと対等な独立国にはなれないのだと。

不平等条約が完全改正され、明治の国づくりの目標が達成できたのは日露戦争に勝ったからでした。

大東亜戦争は無謀だったかもしれませんが、それを言えば日露戦争はもっと無謀でした。負けていればロシアの領土になっていたか、列強の草刈り場かもしれません。命がけで跳んだのがわが日本でした。

こういう極東の列島国が強いられた運命がわからなければ・・・などと偉そうなことを言うのは控えます。先人の偉大さを静かに思いましょう。



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