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天皇を教える(その3)建国と統一

日本史ンキング

戦後「国史」が廃止され「社会科」の一部に日本史が置かれた。
これは日本義務教育の教育目標と内容に恐るべき変化をもたらしたが、それについては広がりすぎるのでやめる。

古代史で最も劇的な変化は、国史は神話から始まったが、社会科歴史は考古学で始まり神話は「実証史学には当てはまらないもの」として日本の学校では教えてはならないものになった。平成10年になって初めて文科省指導要領に「神話」も教えることになったが、断片的なエピソード(ヤマトタケルなど)が教科書に載る程度で止まっている。
前にも述べたが指導要領は明らかに建国神話を取り上げるように求めているが、教育行政や学校はまったく無視したまま現在に至っている。

「日本が好きになる!歴史授業」は建国神話を教える。
まず考えたことは、神話をいつどこで教えるかということだった。
戦前のように「国生み神話から」教えるか?
教科書通り考古学で縄文・弥生から教えるか?
さまざまな考え方があるだろうが、ぼくはいろいろと考えた上でやはり、教科書通り考古学で縄文・弥生を教えることにした。
その流れで古墳時代(大和朝廷が日本を統一した)を教えてから、その後にまとめて建国神話を教えることにした。

「当時の大和朝廷のリーダー達が、この大和国がどんなふうにしてできてきたのかを、文字のない時代の膨大な伝承を集め編集して、8世紀の初めに『古事記』『日本書紀』としてまとめたものだ」と。
教科書はどうなっているかというと以下です。
旧石器・縄文・弥生・・・考古学の学問の成果をもとに生活の様子を教える
弥生・古墳・・・・・・・考古学中心・中国の歴史書だけは史実として教える(卑弥呼・邪馬台国)
教科書には『古事記』『日本書紀』の記述が、史料として使われることは全くない。
飛鳥時代から現代まで・・・日本の実証史学の成果から通説が教えられているとされる。

はじめのうちは神武の日本建国と古墳時代の日本建国を両方「建国」と教えていた。
しかし神武が建国した国と3~4世紀に建国した大和朝廷の国は明らかに同じ国でつながっているわけだからこれをつぎのように整理整理して教えることにした。

神武建国を「建国」とよび、古墳時代の大和朝廷の事業を「日本統一」とよぶことにした。
これは4世紀くらいまでは大和国以外の「クニ」が各地にあったわけだから、それらのクニグニを統一して今につながる日本のもとができたと考えるわけだ。

これで、明治5年に「紀元節」とされ、いま建国記念の日となっている「建国」のイメージも持ちやすくなる。つまり神武が建国した「元大和国」はまだ全国を統一できず、当時の日本列島各地にはさまざまな「クニ」が並び立っていたわけだ。

・紀元前1~紀元1 神武天皇が初代天皇に即位した「建国」
・3~4世紀    大和朝廷による「日本統一」(国号は大和)
・紀元前660年に神武天皇が初代天皇に即位した(2月11日)を建国記念の日とする(政府)

最後に「建国記念の日」についてだが、考古学の成果に従って見ると、神武建国を紀元前660年とするのは現状では無理がありすぎると分かる。いや神話だからいいんだという意見もあるが、現状では「欠史八代』論が不動の真理とも言えなくなり、神武の実在を考えた方が合理的とする学者も出てきている。

そもそも紀元前660年は、記紀の天皇の生年をそのまま足し算をしてそのあたりの辛酉に決めたような話だった。ここ20年弥生時代までの「春秋年(1年を2年と数える)」の慣習などから、神武建国を紀元前1~紀元1とする研究者も増えてきているようだ。
教育現場からすると、明治5年の拙速をそろそろ改めて、可能な限り合理的な建国記念日を再設定していただけるとありがたい。子供達もそれならありえたことだね!理解しやすくなります。

なお詳述はしませんが、ぼくは「皇紀」という暦にはやや違和感があります。話題としては明治の話ですのでそれについてはまた。


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