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日清戦争

日清戦争


1 朝鮮半島は日本の「利益線」

『ここで、次の資料を読みましょう』
【資料】明治二十三年(一八九〇年)山県有朋首相の演説



明治二十三年(一八九〇年)
山県有朋首相の演説

 わが国の予算の中で最大の出費は、陸海軍の費用です。
 そもそも国の独立と安全を守るには二つの道があります。
 一つは国の主権線を守ること。主権線とは領土の境界(国境)を守ることです。
 二つは国の利益線を守ること。利益線とは国の主権線の安全または危険に密接に関係している地域を守ることです。
 さて、この利益線を考えない国はありません。
 とりわけ、西洋列強の進出するアジアにあって、わが国の独立を守るためには、ただ主権線を守るだけでは不十分なのです。
 利益線を守らなければ、日本の安全はありません。
 そのためにも、この予算案にあるように巨大な金額を陸海軍の費用にあてなくてはならないのです。

【発問】山県有朋の言う、明治日本の主権線(国境)は、左の図の通りです。では、利益線(国の安全にとって最も重要なところ)とは具体的にどこのことだと思いますか?

A 樺太
B 朝鮮半島
C 台湾

【蛍の光】4番
                       千島のおくも
おきなわも
やしまのうちの
まもりなり
いたらんくにに
いさおしく
つとめよわがせ
つつがなく




◆板書:主権線(国境)
◆明治日本の国境線を教える・・・資料の白地図に朱線を引かせる

山県有朋の言う利益線とは具体的にどこのことだと思いますか?
 A:樺太    B:朝鮮半島 C:台湾


*意見分布をとるだけで正解を教える。
◆正解はBの朝鮮半島・・・・南進するロシアの危険について簡単に説明する。
◆板書:利益線=朝鮮

『伊藤博文や山県有朋や陸奥宗光は、朝鮮にこうなってもらうことが、日本の安全にとって重要だと考えていました。
◆板書:朝鮮に対する日本の期待 
1 文明開化(近代化)
2 日本との協力

『しかし、そうは日本の思い通りにはなりません。明治政府ができてからずっと朝鮮にそう要求してきたのですが、朝鮮の李王朝は日本の言うことに耳を貸さない。実は朝鮮はある国と「親分子分の関係」にあったからです。その国は朝鮮を自分たちの子分の国だと考え、朝鮮はその国をご主人様だと考えていました。』

 さて、その国とは次のどちらでしょうか?
 A:清   B:ロシア


*意見分布をとり、理由を言わせる
『日本が聖徳太子の時にやめた関係を、朝鮮はなん大昔から今まで続けていた。朝鮮は厳しい環境に耐えてきた。また日本は朝鮮の弟分であるはずなのになんだと思っていた。ですから、朝鮮の近代化と日本との協力を実現するためには、朝鮮が中国のから独立することが必要でした。』


2 日清戦争

『朝鮮にも変化が来ました。日本と協力して李王朝を倒し朝鮮の明治維新をやろうという独立派と、中国派が争うようになりました。東学党の乱という朝鮮王朝への反乱が起きたとき、中国は軍隊を朝鮮に送りました。それを見た日本も朝鮮に軍隊を送り、戦争になりました。これを日清戦争といいます。日清戦争は、わが国をロシアの侵略から守るために朝鮮を独立させることが不可欠だったことから起こったのです』


◆板書:日清戦争(明治27年・1894年)
◆アメリカにいた松岡洋右(14歳)のエピソード
「日清戦争が始まると、ほとんどのアメリカ人は中国は知っていても日本は知らないのでこう言いました。「大国シナには日本という県があって、それが政府に反乱を起こしたらしい。また、日本を知っている人も「こんな小国がシナを相手に戦うなんて無茶だ。かわいそうに、いまにきっとひどい目にあうぞ」」


『当時、清国は眠れる獅子といわれた大国です。アジア最大の軍事力を持っていました。日本はそれにようやく追いつこうとしていました。厳しい戦いになるはずでした。しかし、日本はすべての政党、国民が戦争を支持しました。国家予算の2年半分の費用と10万人の兵隊を投入しました。全力を挙げて戦わなければ、西洋にやられる前に、シナにやられてしまうと考えたからです。その結果、陸の戦いも海の戦いも、日本の圧倒的な勝利に終わりました。それは、世界中が「アジアに日本あり」と知った日になりました。』

◆板書:国民のまとまりと愛国心、日本国民軍VS清王朝の傭兵


3 下関条約

『戦争は日本の圧倒的な勝利に終わり、下関で講和会議が開かれました。日本の全権大使は伊藤博文、外交官は陸奥宗光でした。そこで結ばれたのが下関講和条約といいます。講和条約とは平和条約のことで、ふつう戦争は戦った両国がこの条約を結んで終わります。条約が結ばれたら、もう戦争中のことでは絶対に争わないというのがルールでした。』

条約には次の3つがかかれましたが、条約の第一条には、日本がこの戦争に勝って一番重要だと考えたことが書かれていました。それは次のうちどれでしょうか?
■板書「下関条約」
 A:朝鮮を完全な独立国とする。
 B:台湾・遼東半島を日本の領土とする。
 C:賠償金(日本国家予算の4年分)


◆正解はAでした。

【説明】ところが、この条約を知ったロシアは、ドイツとフランスを見方にして日本に強い要求を突きつけました。

「遼東半島を清に返せ。さもなければ戦争だ」(三国干渉)
国民は、伊藤博文は、この要求に対して、どんな決断をしたでしょうか?

 国民(A:要求を受け入れる・B:拒否する)
  伊藤博文・陸奥宗光(A:要求を受け入れる・B:拒否する)


◆国民世論は断固拒否して西洋と戦おうとわきあがりました。

 伊藤博文や陸奥宗光は、いまロシアと戦えば国が滅びるしかない、国民よ我慢してくれと言い、遼東半島を清国に返しました。

『清の弱さが明らかになり、西洋列強はハイエナのように清に進出していった。3年後、ロシアは 遼東半島を清からうばいました。そこに軍隊を駐留させ、支配したのです。せっかく独立させた朝鮮はロシアに支配される可能性が大きくなりました。日本の厳しい状況が続きます。「結局は力が正義なのか」という気持ちが国民に広がり、臥薪嘗胆という言葉が国民の合い言葉になりました。今に見ていろつらい思いをがまんしても、日本をロシアに負けない強い国にするぞ、という意味です。』

◆板書:戦争の結果:清に西洋が進出、遼東半島はロシアのものになった。
       
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授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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