満州事変と満州国

満州事変と満州国
◆日本人と関東軍が満州で生活し活動することは条約によって結ばれた正当な権利だったが、中国人の迫害や共産党のテロがはげしくなった。政府はそのたびにこの問題の解決に努めたが協調外交には問題を解決する力がなかった。しかし日本人の安全と財産を守ろうとして決起した関東軍が国民の支持を得て、やがて「五族共和」をスローガンにした満州国が建国され発展していく。


1 昭和の始まり

●資料「第一次世界大戦後の日本の領土・租借地・委任統治・権益の東アジア地図」を見せ、第1次世界大戦後の日本の発展を解説する。

*世界中が不景気になった
 →欧米諸国は日本の貿易を閉め出して、植民地ともに自給自足で生き抜こうとした。
 →日本は資源も少なく、欧米との自由な貿易ができなければ食べていけない。  
  労働者の3人に1人が失業し、とくに農村は凶作の年もあって食べることもままならない貧しさになった。

人口増加問題
→アメリカは移民の国だが、日本人移民だけを禁止する人種差別政策を進めた(1924)。

【日本はどうすべきだろうか?】

A【政府】
 今ある領土のまま、がまんするしかない。国民は貧しさに耐えてほしい。日本は
 これからも、中国や欧米諸国と仲良くやっていこう。

B【反政府:おもに軍人】
 資源の豊富な満州を日本の領土にして、経済を立て直そう。そうすれば、日本も
 欧米諸国のように自給自足が出来るし、人口問題も解決する。


◎意見分布をとり、理由を言わせる。

◆国民の多くはBを支持するようになった。
 国民は、政府がやるべきことをやっていないと怒っていた。
 そのうえ、政治家がわいろをもらったり、自分の政党が選挙に勝つことしか考えていないことにも怒っていた。 国民は政治家を信用しなくなっていった。

◆総理大臣が軍人に暗殺されたり、陸軍がクーデターを起こしたりした。
 国民の多くがそういう法律違反の暴力さえ応援するようになった。
「やり方はまずいが、気持ちはわかる。どうか罪を軽くしてほしい」という手紙がたくさん届いた。
 政府はそういう軍人たちのテロもきびしく罰せなくなっていった。



2 満州の中国人によるテロ 
◆そのころ、南満州鉄道や満州に住んでいた日本国民(日本人や朝鮮人)へのテロやいじわるが頻発した。朝鮮人がまとめて殺されたり、日本スパイだった中村大尉が違法に殺されたりもした。中国にはまだまとまった政府がなく、国内が分裂していたので、そのような法律違反の暴力を取り締まる力がなかったのだ。

【どうすべきだろうか】

A【政府】中国人が意地悪をするのは、そこがもともと中国人の土地だからだ。
     彼らの気持ちを理解して、多少のテロはがまんする。そして、できるだけ
     中国人とも仲よくやっていく努力を続けよう。

B【反政府:軍人】満州の鉄道や鉱山は日露戦争で20万人の血を流してロシアを追
    い出して手に入れた正統な権利だ。中国と条約を結んで決めたことだ。
    それを暴力で追い出そうとするのは条約違反なのだから、軍隊を使ってでも
    政府は満州にいる日本人の財産と命を守るべきである。


●意見分布をとり、理由を言わせる。

◆国民の多くはBを支持していた。「日本人の生命と財産を守ることこそ国家の仕事ではないか」「政治家は自分の政党のことばかり考えて、国や国民のことを考ていない。軍人こそが日本のことを考えてくれているのではないか」など。



3 満州事変
◆写真柳条湖事件(昭和6年9月18日)

◆板書:昭和6年~8年(1931~33) 満州事変(日本軍が全満州を占領)

 【この戦争を計画し、実行を命令したのはだれでしょうか?】
 A:満州にいた関東軍のリーダー
 B:陸軍大臣
 C:総理大臣


◆正解はA。石原完爾と板垣征四郎の謀略について解説する。
石原完爾
板垣征四郎


◆総理大臣若槻礼次郎も外務大臣幣原喜重郎もこれに反対し、やめさせようとしましたが、連戦連勝で満州全土を 占領したことを、新聞が大々的に報道し、国民も大いに喜び支持した。

【新聞と国民の声】
「満州のテロ問題は解決し、満州の日本人が安全になってよかった」
「資源の豊富な満州が日本領土になれば日本はもっと発展できる」
「ソ連の進出もここで食い止められて日本も安全になるだろう」
●こうして内閣総理大臣は交替した。


4 満州国の独立

◆板書:昭和7年(1932)満州国独立(皇帝は清国最後の皇帝溥儀)

◆満州国は、関東軍の指導のもとに近代化し発展していった(~1945年、14年間)。
◆満州国の理想「五族協和・王道楽土」(日本人、満州人、蒙古人、朝鮮人、シナ人)

●写真「満州国建国・溥儀」「満州国国旗」
皇帝溥儀
満州国旗


●中国との間には停戦協定が結ばれた。

西洋諸国(国際連盟)は、日本の満州進出に対してどんな態度を取ったでしょうか?
A:日本の行動はぜったい許さない。
B:日本が満州に利権を持つのは当然だが、満州国は認めない。
C:自国民を守るために占領したのは正しい。しかも満州を植民地にしないで独立させたのもえらい。


◆正解はBだった。日本が満州を占領して平和的な秩序をつくることはいいが、形の上では、満州は中国の一部ということにしておけ、という意見だった。国際連盟は「満州国」を認めなかった。

◆昭和8年(1933)日本は国際連盟から脱退した。そして、しばらくの平和がおとずれた。


5 残された大きな問題

◆満州国は、日本と連携しながら急速に近代化し、発展した。日本人を苦しませてきた満州の問題は一応の解決を見ました。日本人は満州に移民したり、観光旅行に行ったりしました。
●写真「満鉄アジア号」「満州の絵はがき」「観光地図」
あじあ号
満州開拓団


今日勉強した出来事の中で、これは日本のその後に悪影響をおよぼすのではないかと思うことを
一つあげるとしたら何ですか?

A、謀略で戦争を始めたこと
B,満州事変を決断したのが、総理大臣ではなかったこと
C,満州国を実際は日本が支配したこと
D、国際連盟を脱退したこと
 E,とくに問題はない


●人数分布をとり、意見を言わせる。
 とくにどれが正解ということにはせず、「これからの駅史を見ていきましょう」として終わる。

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授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫

Author:授業づくりJAPANさいたま代表:齋藤武夫
戦後70年間日本の教育は根無し草の「世界市民」を育ててきました。そのため小中学校の歴史教育はウソとタブーによって大事な内容が教えられていません。また誤って教えられています。
「授業づくりJAPAN」は、日本の教育のウソとタブーを排し、真実とフェアネスを取り戻していきます。
かつてGHQに禁じられた教育は現在も禁じられたままです。私たちは「日本人を育てる教育」を取り戻します。そのために、命ある限り授業づくりとその普及につとめます。私たちは「誇りある日本人」こそが「真の国際人」になれると信じています。

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